老朽で猶予なし、白馬「通年リゾート化」の賭け 身売り・廃業相次ぎ、ようやく動き出す村再生

東洋経済オンライン / 2019年6月26日 7時40分

展望テラス「ハクバ マウンテンハーバー」から望む白馬三山の絶景は格別だ(記者撮影)

「登山が趣味なのでこのあたりは何度も訪れているが、ゴンドラに乗るだけで眺められる頂上からの景色はまた格別。おいしいコーヒーを飲みながら座っていると、時間が経つのを忘れる」

埼玉県から訪れた60代の夫婦はこう言って満足げな表情を見せた。

国内有数のスキーリゾート地として知られる長野県白馬村。5月に訪れると、山頂にはもはや雪がないというのに、ゴンドラが黙々と動いていた。雪のないスキー場に降り立った客は、展望テラス「HAKUBA MOUNTAIN HARBOR(ハクバ マウンテンハーバー)」を目指していた。

■スキー客はピーク時の3分の1に

マウンテンハーバーは2018年10月のオープン以降、1000台入る駐車場が満車になるほどの人気ぶりだ。今年はスキーシーズン後の4月からゴールデンウィークまでに、すでに1万3000人が来場している。

仕掛け人は、白馬地域で3つのスキー場を運営する白馬観光開発。白馬村、小谷村、大町市の3市村には合計10のスキー場が存在するが、実はここに至るまで苦難の道のりがあった。

白馬村のスキー客は、スキーブームだった1990年代初めに年間280万人近くまで膨らんだが、現在はその3分の1の100万人弱まで縮小している。5年前から10のスキー場が一体となってプロモーションを展開し、オーストラリアや台湾、香港などからのスキー客を呼び込んでいるが、日本人スキー客の減少分を何とか補う程度にとどまっている。

1990年代初めをピークにスキー客は減少する一方だったが、白馬村には「(1998年の)長野五輪でまた活気を取り戻す」という強気な見方が主流だった。白馬村北部で親世代から民宿を営む岩岳観光協会の吉沢勇会長は「冬場の100日間働けば、親子3世代が1年間暮らせる収入を得られていた」と振り返る。

岩岳エリアは1980年代終わりから1990年代初めにかけて、150軒ほどの宿泊施設が軒を連ねていた。「ペンションブームもあり、冬のスキー客や夏の避暑客を見込んで宿泊施設を開業する人も県外、村外から移り住んできた」(吉沢氏)。だが当時、30~40代で開業した人々も、今は70歳前後。廃業する人が増え、現在はピークの半数、宿泊施設は80軒近くにまで減っている。「後継者がおらず、残っている人々もほとんどが60歳以上。そろそろやめようかなと言う人が結構いる」(吉沢氏)と言う。

一方、長野五輪に伴う設備投資負担に苦しむ事業者もいまだに残っている。スキー種目の競技会場だった八方尾根スキー場周辺には、五輪前に多くの宿泊施設が大規模な設備投資を行った。借金返済のため、こうした宿泊施設を中心に外国人客の取り込みに積極的に動いた。

■リフト運営会社が分立、そろわぬ足並み

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