中国が飛躍的に発展した「宋代と現代」の共通点 「史上最悪の弱腰政治家」評価の秦檜と習近平

東洋経済オンライン / 2019年7月11日 7時10分

宋の時代は、現在の中国におけるさまざまな基盤を築いたといいます(写真:1971yes/iStock)

中国史上、最大の外交的屈辱を受けたという宋の時代は、実は中国が最も経済的・文化的に発展した時代だった。その理由はなぜか。そして現代との共通点とは何か。

近著『世界史とつなげて学ぶ中国全史』を著した東洋史家の岡本隆司氏が、国際政治体制と中国の経済・社会の発展との関係について、歴史家の視点から明らかにする。

■「唐宋変革」による未曾有の繁栄

世界第2位のGDPを誇る経済大国になった中国。ですが、これは何も初めてのことではありません。歴史を振り返ると、中国は長きにわたって経済大国でした。それがはじまったのが、およそ10世紀前後、王朝でいいますと宋の時代になります。

学界の用語では「唐宋変革」といいます。唐王朝は遣唐使や唐招提寺などで、日本人にもお馴染み、最も有名な中国の王朝でしょう。その唐から宋にいたる過程で、中国は未曾有の社会変革と経済発展を経験しました。

まずは石炭・コークスの使用が広まって、かつてない大火力を利用できるようになりました。いわばエネルギー革命です。これにより、大量の金属を安価に使えるようになって、農具・武具・貨幣が豊富になりました。

その結果、農業技術・土木技術が発達し、水稲栽培も広まって、たくさんの人口が養えるようになります。6000万だった人口が1億にまで増えました。生産力が向上すると、やがて商業流通もさかんになり、商業都市も発達しました。総じて経済が飛躍的に成長したのです。

時代は、乱世でした。唐の政権が崩壊したのち、それに代替できる新たな政体が、なかなか確立できなかったのです。社会経済は確かに、長足の発展を遂げました。しかし政治外交では、混乱が続きました。各地の割拠勢力がせめぎあったのに加え、北方を支配する遊牧国家の契丹が、強盛を誇っていたからです。

10世紀の末、黄河流域から南方各地の勢力を併せて、中国の主要部を統合したのが、宋王朝です。変革した社会に応じた安定政権が、ようやく登場した観があります。実際、この宋は南北あわせて、300年の長命を保つ王朝になるのです。

しかし、宋にとっても、契丹は最大の軍事的な脅威でした。「唐宋変革」の経済発展によって、経済力は圧倒的に上回っていましたが、軍事力ではかなわなかったのです。

対抗措置として各地方に軍事を委ねる手もありましたが、そうすると政治的には以前の割拠状態にもどって、バラバラになる懸念がぬぐえません。そこで中央政府が軍事力を集約して、シビリアンコントロールを徹底しました。ですが、その状態を維持するには、軍事力そのものを抑え込んでおく必要がありました。

この記事に関連するニュース

トピックスRSS

ランキング