韓国の「半導体材料国産化」を見くびれない理由 模倣や日本企業からの人材引き抜きに警戒だ

東洋経済オンライン / 2019年8月8日 17時0分

こじれにこじれた日韓関係の先に待ち受けるのは?(写真:artswai/PIXTA)

日韓関係が戦後最悪の事態を迎えている。すでに「東洋経済オンライン」をはじめ多くのメディアが政治・外交上の難題について論じているので、本稿では経営戦略の視座から日本企業が見落としがちな点について指摘したい。

日本政府は8月2日、韓国を輸出管理上の優遇国である「ホワイト国」の対象から外すことを閣議決定した。これに対して、今後、韓国政府はさまざまな対抗措置を講じてくると見込まれる。

■韓国が打ち出した宣言に日本は強気な姿勢

日本が半導体材料の対韓輸出規制を実施した直後に、韓国が打ち出した「半導体材料国産化宣言」はその1つだ。日本政府による半導体材料の対韓輸出規制強化を受け、韓国政府は半導体の材料や部品、設備などを国産化するため、研究開発投資に毎年1兆ウォン(約920億円)規模を集中投資する方針を打ち出した。

続いて5日、半導体、ディスプレー、自動車、電機・電子、機械・金属、基礎化学の6大分野から100品目を戦略品目に指定し、7年間で7兆8000億ウォン(約6800億円)を投じる「素材・部品・装備競争力強化対策」を発表した。

このうち、日本政府が輸出規制の対象とし、日本企業が世界シェア70~90%を占める半導体材料、高純度フッ化水素、レジスト(感光材)、フッ化ポリイミドなどを含む20品目は、1年以内に日本依存から脱却するという。ただし、すべて国産化で対応して供給安定化をはかろうとしているわけではなく、日本以外から調達する輸入先拡大も視野に入れているようだ。

これらの発表を受けて、日本の関係者は「日本メーカー各社が長年にわたり蓄積してきた技術に追いつく(国産化)には時間がかかる」と異口同音に強気の姿勢を示している。

これまで、同様のセリフを何度聞いてきたことか。そう言っていたはずの家電、半導体、液晶・有機ELパネル、2次電池、スマートフォンなどは、韓国にあっという間にキャッチアップされ、品目によっては追い抜かれリードされてしまった。

なぜ、韓国企業は日本側の想定を超える速さで日本のお家芸にキャッチアップできたのか。それは、「模倣」と「水平分業」を巧みに駆使したからである。日本企業のお家芸が高度な生産システムであるのに対して、韓国企業が最も重視したのはスピードである。

模倣は一般的に「ずるい」と思われている一方で、まねて超えるというのは、とても頭のいい経営戦略である。ときには、ライバルの失敗を見て反面教師にもできる(井上達彦・早稲田大学教授の『模倣の経営学』日経BP社、に詳述されている)。

加護野忠男・神戸大学大学院特命教授は「現在のパナソニックが最も競争力を発揮していたのは、(松下電器を揶揄して)『マネシタ電器』と呼ばれていた頃だ」と指摘している。たしかに、富士通も「打倒IBM」と臆面もなく言い、大型コンピューターで競い合っていた時代は、労使ともに闘争心むき出しで、社内は活気にあふれていた。

模倣は研究開発に大きな投資と多くの時間を割くことなく、「売れ筋」となる技術を簡単に手に入れることができる。

この点はM&A(企業の合併・買収)と類似している。研究開発投資と時間を節約できた分、改良に時間を割ける。一から積み上げていく独自開発に比べ、完成度が高い技術をベースにした模倣は、改良の時間も節約できる。それどころか、模倣しながら多くのことを学び、学ぶ過程でイノベーションも生まれる。

■模倣することで経済発展してきた日本

例えば、“kaizen”という英語にまでなり、世界の産業界に広まったトヨタ自動車の「トヨタ生産システム」も、創業者の豊田喜一郎氏がアメリカの自動車産業を見学したところから始まり、追いつけ追い越せの号令のもと、必死で模倣していく過程で生まれたイノベーションと言えよう。

日本企業は欧米企業の技術を模倣したとしても、日本独自の改良ノウハウにより、内製化することに情熱を燃やした。

例えば、シャープの創業者・早川徳次氏は日本初の国産ラジオを製品化する際、大阪・心斎橋で目にしたアメリカ製ラジオを持ち帰って分解し、見よう見まねで、部品から一つひとつ手作りした。今でいうところの垂直統合である。自社で何もかも作ることが日本の常識であり、誇りだった。たとえ、部品、材料を外のメーカーに作ってもらったとしても、「ケイレツ」と呼ばれる強固な結びつきを重視した。

半導体産業においても日本では、半導体メーカーが中心になり、製造装置、材料メーカーを育て、ネットワーク化が図られた。液晶パネルにおいても同様のエコシステム(生態系)が築かれた。

ところが、韓国メーカーは、製造装置や材料をアメリカや日本から調達する水平分業を貫き、スピード重視型の経営をコアコンピタンスとする模倣の戦略を徹底した。自動販売機にコインを入れるとドリンクが出てくるように、製造装置と材料を投入すれば半導体や液晶パネルが生産できる大規模投資型量産産業には、豊富な資金力をバックに大胆な投資ができる財閥資本主義が適していた。

韓国半導体産業の雄は、同国GDP(国内総生産)の5%を担うサムスンの中核企業・サムスン電子(三星電子)である。その歴史をたどると、1969年1月に三星電子工業を創業。同年12月に(2009年12月にパナソニックの子会社になった)三洋電機と合弁で三星三洋電機を設立し電子産業に進出したことにさかのぼる。

このときに、三洋電機の懇切丁寧な指導がなければ、サムスンのエレクトロニクス産業は誕生していなかったことだろう。その後も、NECと白物家電、ソニーと液晶パネルの合弁会社を立ち上げるなど、日本を先生にして模倣の戦略を着々と進めてきた。

この模倣の戦略には副産物があった。「お客様は神様」である日本の製造装置メーカーは、セールスを行う過程で、アメリカのライバルに顧客を取られたくないという思いも手伝い、その使い方を手取り足取り教えた。製造装置には、すでに日米の半導体メーカーと製造装置メーカーが長い時間をかけ、すり合わせて作り上げたノウハウが詰まっていた。

韓国メーカーは、顧客の立場を大いに活用し、日本やアメリカの半導体メーカーに内在する知財をスピーディーに吸収できたのだ。加えて、日本にある「研究所」が情報収集だけでなく人材スカウトの戦略拠点となった。

2009年12月、三洋電機がパナソニックにより子会社化されたとき早速、三洋電機のめぼしい技術者たちにサムスンからお誘いの声がかかったと聞く。自宅、携帯電話、ときには職場にまで電話やメールによるスカウト攻勢がかけられた。その中には、日本の数倍に当たる報酬を提示され、韓国へ渡った人もいた。

■韓国企業の恐ろしい“戦略”

この頃、次のような話がまことしやかにささやかれた。

金曜日夜に空港へ行くと、ソウル行きの飛行機の搭乗口前で、複数の日本のエンジニアの顔が見られた。1泊2日で缶詰になり韓国企業で「家庭教師役」を務めることで、破格の報酬が渡された。

日本の技術や技術経営の肝を知る関係者が東京・赤坂の料亭で接待され、2次会は韓国クラブへ。接待が終わると高級ホテルのスイーツルームが予約されていた。その部屋の扉を開くと美女が……。

都市伝説まがいの噂話であり、真偽のほどは定かではないが、韓国企業の情報収集が実に巧みであることは否めない事実である。

このほど韓国政府が発表した巨額の公共投資は、韓国企業が研究開発のみに振り向けられるとは限らない。情報収集や人材スカウトに投資する可能性もある。公的資金が投じられたとなれば、韓国政府はそれを受け取った企業に対して結果を求めるだろう。当該企業は、結果を出すためには「何でも」トライしてくる可能性がある。この「何でも」が韓国企業の最も恐ろしい戦略である。

不買運動に象徴される反日感情を、経済が低迷する韓国政府が政治利用するのではないかと指摘する専門家筋の声も聞かれる。

そのような動きが懸念される背景には、韓国という国は国家的危機に直面したとき「同胞」が一体になるという国民性と、朝鮮民族に根付く「恨(ハン)」の思想がある。恨は、単なる恨みつらみではなく、悲哀、無念さ、痛恨、無常観、優越者に対する憧憬や嫉妬などの感情をいう。今回の日本政府による規制措置が、恨の感情を炎上させるかもしれない。

政治的対応はさておき、日本政府の「経営戦略的失敗」は、韓国に「材料、部品の国産化を急がなくてはならない」と再認識させてしまったことだ。

先進国にとって上手な商売とは何か。それは、「なぜ儲かっているのかわからないビジネス」である。日本企業を見れば、家電をはじめとする最終商品(B to C系商品)の競争力が落ちてきているからこそ、模倣されにくい「見えざる競争力」が求められる。要するにブラックボックスとなる参入障壁が高い産業である。この点、今回、対韓輸出規制品目となった半導体材料は、日本にとっては「金のなる木」と言えよう。

今回の1件で、日本の半導体材料メーカーの世界的に高いシェアを占めている点が注目された。例えば、レジストは91.9%(JSR、東京応化工業、信越化学工業)、フッ化ポリイミド(三菱ガス化学)は93.7%と寡占状態にある(JETRO調べ)。

■日本企業の従業員を虎視眈々と狙う韓国側

しかし、浮き沈みの激しい半導体市況に左右されやすいという弱点もある。高シェアを誇る日本の材料・部品メーカーであっても、市況の変化に伴う業績の悪化はありうるし、技術者をリストラする局面もあるかもしれない。

そのとき韓国メーカーは彼らを高額報酬で虎視眈々と狙ってくるだろう。リストラを実施しなくとも、会社の評価を不本意に感じ早期退職を検討している技術者、定年まで勤めあげた後、第2の人生を模索しているベテランなども標的になる可能性も少なくない。

「終身雇用はもはや維持できない」と中西宏明・経団連会長や豊田章男・トヨタ自動車社長が公言し、早期退職者が急増している。日本企業が株主重視経営へ傾く中で、従業員を大切にする経営は、映画『ALWAYS 三丁目の夕日』の世界と化している。

アイリスオーヤマは大手電機メーカーの退職シニアを積極的に採用し、またたくまに「家電メーカー」の一角を占めるようになった。日本企業が日本人をスカウトしている場合は、むしろ人生二毛作時代の美談として受け取れなくもない。が、半導体材料・部品でも韓国メーカーに追いつかれ、追い越されてしまった場合、美談では済まされない。

日本は国家的危機を迎えるかもしれない。輸出規制は政府の命令で行えても、企業で働く従業員の心は、日本政府の思惑どおりにはならないからだ。

日本を追いかけてくる国として韓国以上の脅威となるのが中国である。半導体を基幹産業に育てようとしている中国は、半導体材料の国産化にも食指を動かしつつある。日本政府が対韓輸出規制の対象にしたフッ化水素については、森田化学工業、ステラケミファなどの日本勢が占めるシェアは49.9%。中国は46.3%とほぼ拮抗している(JETRO調べ)。日本が寡占しているレジストやフッ化ポリイミドとは事情が異なる。

日韓関係の悪化に乗じて、中国メーカーはフッ化水素を中心に日本のシェアを奪おうとしている。いったん離れた客は戻ってこない。漁夫の利を得るのは中国であり、これを機に中国の半導体産業が一挙に台頭してくると考えられる。

これまで、日韓分業のサプライチェーンが現存し、日本の材料・部品メーカーは、得意先を安定的に確保できていたが、日本は「パンドラの箱」を開けてしまった可能性もある。

■韓国企業の戦略兵器は「人心掌握」

模倣の戦略の餌食にならないためには、追いかけられる側は、できるだけリードタイムを長くしておかなくてはならない。韓国企業が本当に半導体材料で日本に追いつけるか否かは、現時点では定かではないが、少なくとも、韓国が最も重視している「スピード」をアップさせて、リードタイムを短くする可能性を高めたのではないか。

日本政府が韓国への半導体材料の輸出規制を厳しくすると発表してから6日後の7月7日、サムスンの李在鎔(イ・ジェヨン)副会長が緊急来日した。規制の対象になった半導体先端素材3つ(フッ化水素・レジスト・フッ化ポリイミド)の取引先を探すため、慶応義塾大学大学院(経営管理研究科)留学時代に磨いた得意の日本語を駆使し、日本の半導体材料メーカーを行脚した。

日本の経済産業省がエッチングガスをはじめ、戦略物資の輸出許可権を握っているため、日本メーカー側が簡単に要請に応じたとは考えられないが、巧みな日本語と人心掌握術を駆使した交渉は、同じく日本(早稲田大学第一商学部)で学んだ父の李健熙(イ・ゴンヒ)会長譲りか。かつて、李会長は足しげく来日し、日本の有力技術者や経営者を自らスカウトした。

技術のキャッチアップと言えば、技術をまねる、と日本人は考えがちだが、模倣の戦略で鍛えられた韓国企業の戦略兵器は「人心掌握」である。このことを忘れて高をくくっていれば、近い将来、半導体材料でも想定外のスピードで韓国の国産化が実現し、ほかのキャッチアップされた製品と同様、日本メーカーの強敵になる可能性を秘めている。

そこで、「韓流・模倣の戦略」と戦う前に、日本企業が猛省しなくてはならないのが、株主重視経営、終身雇用終焉の結果、従業員の「人心掌握」を忘れてしまったことである。再び、「戦略的人的資源管理(SHRM)」として、日本人従業員の心を徹底的にリサーチし、上手にマネジメントしなくてはならないのではないか。

パナソニックの創業者・松下幸之助氏は「まだ会社が小さかった頃、従業員に、『お得意先に行って、きみのところは何をつくっているのかと尋ねられたら、松下電器は人をつくっています。電気製品もつくっていますが、その前にまず人をつくっているのですと答えなさい』とよく言ったものである」と述べている。

■日本企業が行うべき戦略とは

優れた製品をつくるのは会社の最優先の使命である。それを実現するためには、まずすぐれた人材を養成すれば、おのずといい製品がつくれるようになり、事業も発展していくと考えたのだ。

さらに、「単に仕事ができ、技術が優れていればいいというものではない」と説く。会社の使命や仕事の意義を自覚し、自主性と責任感を持った人でなくてはならないと考えた。この考え方は、終身雇用、従業員重視の考えが背景にあってこそ成立する。

対韓輸出規制を機に、日系半導体材料メーカーの得意先(韓国メーカー)が、中国をはじめとする外国企業に取引先を転換してしまえば、もう戻ってこないだろう。そうなれば、半導体材料メーカーの業績悪化も避けられない。

この事態を迎えたとき、「人斬り」がタブーではなくなった日本企業が、従業員に牙を向ける可能性は、なきにしもあらず。そうなれば、今度は従業員が企業に対して牙を向ける。

「模倣の戦略」で迫ってくる企業から知財を守り、打ち勝つにはどうすればいいのか。このたびの対韓輸出規制を皮切りに、日本企業は従業員の心をおもんぱかる経営戦略を真剣に構築してほしいものだ。

長田 貴仁:岡山商科大学教授/事業構想大学院大学客員教授

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