アメリカのバブルが崩壊する瞬間が近づいた? 暴落を警告する「炭鉱のカナリア」が鳴いた

東洋経済オンライン / 2019年8月20日 8時0分

つい最近までNYダウを構成していた名門企業が不正会計疑惑に揺れている。これは何を意味するのか(写真:AP/アフロ)

8月15日は日本の終戦記念日だったが、実はアメリカにとっても、同日は重要な「敗戦記念日」であることをご存じだろうか。ただし1945年のことではなく、1971年の話だ。しかも、アメリカはその「敗戦」を利用し、さらに国力を増した。

■金とドル交換停止発表後、米株式市場は大暴騰

第2次世界大戦を終わらせたのはアメリカの軍事力だった。一方で、1944年のブレトン・ウッズ協定(米ドルを金と並ぶ基軸として、各国の通貨価値を決める固定相場制度を確立した)から冷戦終結までにアメリカは単独覇権を成立させたはずだったが、1971年の8月15日は1989年の「ベルリンの壁崩壊」に並ぶほど、重要な転換点だったと言える。

リンドン・ジョンソン大統領は、拡大するベトナム戦争に戦費を費やしながら、アメリカ国内では健康保険など社会福祉政策も拡大する、いわゆるGuns and Butter policyを展開した。これに対し、すでに1965年に国際会議の席上でアメリカの財政悪化から、基軸通貨としてのドルの信用に疑問を突きつけていたフランスのシャルル・ド・ゴール大統領は、1971年の8月、ついに戦艦をNew York港に派遣する強硬策に出た。そしてアメリカに、フランスがNY連銀に預けたゴールドの返還を要求したのである(代わりにドル紙幣を返却)。その後、複数の欧州諸国がフランスに続き、最後に英国までも同調すると、1971年8月15日、リチャード・ニクソン大統領は金とドルの交換を停止した。

今に続くグローバリゼーションは、この1か月前の1971年7月のヘンリー・キッシンジャー国務長官の極秘訪中から始まり、冷戦終了後のクリントン政権下で完成したという見方が一般的だが、この時株式市場では影響の連鎖がはじまっており、現地時間日曜日のニクソン大統領の発表後、日本市場が最初の犠牲者になった。ところが、週明けのアメリカ株式市場は連日の大暴騰になったのである。

世界最大のヘッジファンドを作ったレイ・ダリオ氏は、この時は高校を出たばかりの駆け出しだった。彼はNY証券取引所の フロアトレーダーのアシスタントをしていたが、ニクソン大統領の声明を聞いた時点では、親分たちはこれからどんな悪夢が始まるのかと慄(おのの)いていたという。

ところがアメリカの月曜日は、蓋を開けてみると逆のことが起こった。「ゴールドとの鎖が切れ、これからどんどんドルが刷れる。だったら株は買いじゃないか」と、市場は一転して強気に変貌していた。ダリオ氏はこれを見て相場の本質を学んだと後に回顧している。

■なぜ1971年以降もドルの基軸は維持されたのか?

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