大阪で鍛えた「車いすの社長」の堅実なビジネス 障害者から見るユニバーサルデザインの真髄

東洋経済オンライン / 2019年9月28日 8時30分

真山:「ミライロのクライアントへ行ってください」ということですか?

垣内:そうです。予算をいただいて、うちに登録しているいろんな障害を持った方の総意をお届けします。また、障害のある人たちには、「アンケートに答えたら500円~」「調査に行ったら日給1万円~」ということで、彼らの仕事にもつなげていこうとしています。

真山:「ボランティア」ではなく、仕事として時間を費やしてもらった以上対価を払うようにしないと、続かないのでしょうね。

垣内:そうですね。西洋と比べると、日本は障害者のことに関して、「弱者に慈悲を」という考え方が強くないので、ある種ドライにビジネスの観点でお話ししたほうが通じやすいです。とくに大阪では、それが強かったと思います。

渡邊:ミライロは東京と福岡に支社がありますが、やはり大阪とは違いますか?

垣内:大阪では「それでいくら儲かんねん?」という話になりますが、東京ではどちらかというと、「いいことにお金を払う」という考えが強い側面があります。大阪で創業してから4年間、ずっと赤字続きで鍛えられてからの、東京進出でした。大阪で鍛えてもらったことが生きて、いま東京、福岡は伸びてきていると思っています。

真山:「ユニバーサルデザインは儲かりまっせ!」という言葉に至るまでの苦労があり、それが今活かされているのですね。

垣内:大阪の皆さんに鍛えてもらったおかげですね。大阪は、ユニバーサルデザインに関して、世界的にみてもダントツに進んでいる場所なんです。

渡邊:え! そうなんですか?

■大阪のバリアフリーは東京よりも進んでいる

垣内:例えば地下鉄のバリアフリー化率はフランス・パリが3%、イギリス・ロンドンが18%、アメリカ・ニューヨークが25%、対して東京が88%で、大阪はもう100%。3年前の時点で東京は7割くらいだったのが、東京オリンピック・パラリンピックの開催を控えて88%まで上がりましたが、実は大阪は3年前から100%です。そもそも1970年に開かれた前回の大阪万博が日本を変えました。あのときをきっかけに大阪でバリアフリーが進んだんです。

真山:そうだったんですね。

垣内:1970年に旧国鉄阪和線の我孫子町駅で駅として初めて点字ブロックが設置され、1980年の谷町線喜連瓜破駅で地下鉄の駅では初めてエレベーターが設置されました。

私は東京で生活していますが、大阪の移動のしやすさはやっぱりすごいです。あと、どこへ行っても誰かが世話を焼いてくれるっていうのも大きいですよね。ハードもハートも世界に誇れる町が大阪だと思っています。

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