なぜ西武と阪神は「プロ野球」にこだわるのか かつて参入した鉄道会社は経営から次々撤退

東洋経済オンライン / 2019年10月6日 7時40分

西武鉄道の電車と埼玉西武ライオンズの本拠地メットライフドーム。かつては多くの鉄道会社がプロ野球球団を保有していたが、現在は西武と阪神のみになっている(写真:sayamamine/PIXTA)

プロ野球2019年シーズンは、埼玉西武ライオンズがパシフィック・リーグ2連覇を果たした。福岡から所沢に本拠地を移転し、西武ライオンズとして迎えた1979年シーズン以降リーグ優勝18回、日本一10回を数える。

埼玉西武ライオンズは阪神タイガースとともに、鉄道会社を親会社にもつ球団として知られる。日本のプロ野球はその黎明期に鉄道会社などの後援を受けて立ち上がり、球団名に会社名を冠した。2リーグ制となった1950年シーズン開始時には鉄道7社が球団を保有した。

■鉄道系は2球団しか残っていない

しかし、現在鉄道系は埼玉西武ライオンズと阪神タイガースの2球団のみとなっている。なぜ鉄道会社は次々とプロ野球へ参入し、そして撤退したのか。まずは、鉄道系球団を中心にわが国のプロ野球の歴史を振り返ってみよう。

日本における職業野球の先駆けは、早稲田大学OBであった河野安通志により1920年に設立された「日本運動協会」とされる。河野は当時の箕面有馬電気軌道(現・阪急阪神ホールディングス)の創業者の1人であった小林一三から、アメリカで盛んな職業野球を日本で実現できないか相談されいったんは断るも、後年日本運動協会を設立する(田中正恭『プロ野球と鉄道 新幹線開業で大きく変わったプロ野球』交通新聞社、2018年)。

ところが関東大震災の影響で本拠地・芝浦球場を失った同協会は解散に追い込まれる。そこで小林は1924年に「宝塚運動協会」を結成し、本拠地を宝塚球場に置く。

しかし、この協会も、昭和恐慌に伴う不況や有力な対戦相手であった大毎野球団の突然の解散などの影響を受け、1929年に解散に追い込まれる。それでもなお、小林は独自の「電鉄リーグ構想」を提唱する。

野球場をもつ関西の電鉄会社が協力して職業野球団を結成し、リーグ戦を行うことで、鉄道沿線に娯楽を提供して入場料収入を得るとともに、鉄道の利用促進による運賃収入増をもくろんだという(前掲書)。

職業野球の復活は、正力松太郎らによる1934年の大日本東京野球倶楽部(現・読売ジャイアンツ)設立で実現する。その後、1935年に阪神電気鉄道による大阪タイガース(現・阪神タイガース)、1936年に新愛知新聞による名古屋軍(後の産業軍)、および旧西武鉄道の出資を受けた東京セネタースが相次いで立ち上げられた。

同年に小林も阪神急行電鉄(現・阪急阪神ホールディングス)の出資により阪急軍(後の阪急ブレーブス)を設立。新たに阪急西宮球場を建設して本拠地とする。さらに国民新聞出資の大東京軍(後の朝日軍)と名古屋新聞出資による名古屋金鯱軍も加わり、7球団による「日本職業野球連盟」(1939年に「日本野球連盟」へ改称)の結成に至った。この時の7球団の親会社の構成は、新聞社4社、鉄道会社3社であった。

■戦後まで生き残った6球団

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