元運転士が明かす「非常ブレーキ」の心理状態 シミュレーターでは学べないリアルな緊張感

東洋経済オンライン / 2019年10月23日 7時10分

鉄道運転士にとって非常ブレーキをかけるのは勇気のいる行為だ(写真:digi009/PIXTA)

9月5日に発生した京急事故から1カ月以上が経った。事故の詳細な状況はまだ明らかにされていないが、中でも運転士のブレーキについて、「どの位置で非常ブレーキをかけたのか?」が争点となった。

私も運転中に、初めて直前横断の通行人を見て非常ブレーキを投入したことは長い月日が経った今でも忘れられない。それは、早めにブレーキをかけたことで事故に至らず、正しい判断ができたという思い出というよりも、私個人の裁量で時速120Kmの速度で走る電車を駅ではない場所に停止させることに、とてつもない緊張感を覚えたという記憶のほうが強い。

急ブレーキを投入した後の減速感と、数秒後に訪れる停車時の衝撃は独特の感覚がある。そんな事故に至る前の段階での「生」の体験をもって運転士としての責務を実感すると同時に、もし衝突していたらどうなっていたかを想像して、停止することの重大さを知るのだ。

■非常ブレーキは気軽に使えるものではない

今回の事故に限らず、鉄道運転士にとって非常ブレーキの投入とは、否応なく列車を止めるための強制終了のような役割で、なかなか気軽に使えたものではない。少しの「迷い」や「恐れ」が生じてしまうことも少なくない。

例えば、非常ブレーキを投入しなければならない状況下でわずか3秒躊躇してしまえば、時速120kmで運転している列車では約100mも停止距離を伸ばしてしまう計算となる。空走距離は「停止の必要を感じたときから、ブレーキ操作の開始を経て実際にブレーキが利き始めるまでに、その車両が走行した距離」であるが、空走距離の中には、「迷い」や「恐れ」に対する時間は考慮されていない。

心理状況と密接している運転士の業務であるから、少しでもこの心理的要素から来る部分を取り除くためにATS(自動列車停止装置)等のハードが整備されていることが本来は理想的である。

しかし、今回の京急や中小私鉄など全国的にはまだまだ整っていないのが現状であり、いまだに人の判断力に頼らざるをえない場面が多いのがこの業界で、その人間が持つ一瞬の迷いが原因で結果を変えてしまう。では、運転士が「迷い」「恐れ」を生む原因はどのようなところにあるのだろうか。

非常ブレーキ投入を躊躇してしまう理由の一つとしては、例えば「しょっちゅう直前横断がある踏切で特発(特殊信号発光機)がよく光る踏切だから、ただちに停止する必要はない」と運転士が考えてしまうような現場では、実際の状況を見るまではブレーキをかけられないという考えが脳裏をよぎることもある。

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