旧北陸線跡、明治のトンネルが語る鉄路の歴史 かつて蒸気機関車が苦闘した急勾配区間

東洋経済オンライン / 2019年11月3日 7時0分

今庄駅に残る蒸気機関車時代の給水塔。そばを特急列車が駆け抜ける(筆者撮影)

「廃線跡探訪」といわれる鉄道ファンの楽しみが市民権を得て久しい。廃線跡の中には、史跡として国の重要文化財にまで認定されているものもある一方、歴史の彼方に追いやられ、すでに朽ち果てているものも多い。

そんな廃線跡の中でも、福井県と滋賀県を結ぶ旧北陸本線の廃線遺構群は現在も道路として活用されており、気軽に訪れることができる。

2023年に予定される北陸新幹線の敦賀延伸の際は、現在の北陸本線も大きく様変わりすると思われる。この機会に、明治時代に過酷な勾配を乗り越えて開通した旧線跡を訪ねてみることにした。

■今庄から旧線跡をたどる

北陸本線の敦賀―今庄間は、北陸トンネルが完成する1963(昭和38)年まで、敦賀―葉原―杉津―山中―大桐を経て今庄へ通じるルートを通っていた。この旧線には、1番長い山中トンネル(1170m)をはじめとする13のトンネルが建設された。現在も大小11のトンネルが残っており、道路として通行できる。

これら旧北陸線のトンネル群は、近代化遺産として評価され、土木学会の選奨土木遺産に選定、また国の登録有形文化財に登録され、鉄道文化財としての価値も高い。

旧北陸線の遺構群を巡る旅は、南越前町のJR今庄駅からスタートすることにした。今庄地区はかつて北国街道の要所として栄えた宿場町で、今も北国街道沿いには古い民家や酒蔵が軒を連ねている。

今庄駅は近年、民間の手によってリニューアルされ、待合室は旧北陸線遺構群の小さな資料館になった。当時の映像のほか、今庄駅構内から機関区にかけての風景を再現した精巧なジオラマが展示され、往年の今庄の繁栄を知ることができる。機関区の跡地にはコールバンカーとD51が静態保存され、赤レンガの給水塔も現存している。

南今庄町では、当時を彷彿とさせる観光バス「SLバス」による廃線跡探訪ツアーを不定期ながら実施している。D51の形状に、敦賀機関区所属の機関車が煙突に取り付けていた「敦賀式集煙装置」まで再現したラッピングバスで、大型バスでは通れない旧北陸線のトンネル群を通過する特別仕様車だ。

今庄から県道207号線を杉津(すいづ)方面に向かい、南今庄駅付近の北陸トンネルを横目で見つつ進むと、やがて大桐駅跡のプラットホームが見えてくる。現役当時は列車交換可能な駅だったが、廃線後の線路は県道に変わり、ホーム上には駅名表示板と蒸気機関車の動輪などが展示されている。

大桐の集落を過ぎると道(かつての線路)は大きく左にカーブして、25‰(パーミル)勾配の大築堤になる。かつてD51が闊歩していた頃は絶好の撮影地だっただろうと想像できる。築堤が終わる頃、行く手には雪崩や落石除けのロックシェッドが見えてくる。その天井にはかつてD51が吐き出した煙の跡の黒い煤がはっきりと残っている。

■思い出の中の北陸線旧線

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