上野発着狙っていた「幻のつくばエクスプレス」 「茨城進出」の布石になった鉄道計画の全容

東洋経済オンライン / 2019年11月22日 7時35分

成田空港行き「スカイライナー」が発着する京成電鉄の京成上野駅。当初の計画では筑波行きの列車が発着するはずだった(筆者撮影)

関東大手私鉄の京成電鉄は今年8月から、茨城県南部の鉄道や路線バスを運営している関東鉄道に対し株式公開買い付け(TOB)を実施した。その結果、株式保有率(京成子会社の保有分も含む)は過半数超えの56.46%に上昇。関東鉄道は10月8日付で京成の連結子会社になった。

東京都心と千葉を結ぶ鉄道路線を運営し、今では成田空港アクセス特急「スカイライナー」のイメージも強い京成だが、千葉県に隣接する茨城県にも古くから進出している。関東鉄道にしても、TOB実施前から京成が約3割の株式を保有する筆頭株主だった。

■茨城の名峰を目指す

京成が茨城へ本格的に進出したのは戦後のことだが、その背景には戦前に計画された、東京と茨城の名峰・筑波山を結ぶ私鉄「筑波高速度電気鉄道」(筑波高速)の存在があったといえる。京成のターミナルである京成上野駅も、筑波高速の名残だ。

筑波高速は大正末期の1923年4月、東京の有力者で構成されるグループが鉄道敷設の許可を申請。これは翌1924年7月に却下されたが昭和初期の1927年8月に再申請し、1928年3月に日暮里―筑波山間の営業許可(地方鉄道免許)を受けた。会社は同年8月に設立され、翌1929年2月には上野―日暮里間の営業も許可されている。

そのルートを現在の地図に描いてみると、2005年に開業した常磐新線(つくばエクスプレス線)のルートとよく似ている。同線の直接の起源は戦後に国鉄が構想した「第二常磐線」などだが、戦前にも同様の計画があったのだ。

なお、東京市(現在の東京都)は市内交通の市営一元化を掲げ、都心への私鉄乗り入れに反対していた。上野―日暮里間が許可されたのは異例だが、地下線で乗り入れ距離も短かく、市内交通への影響は小さいと判断されたらしい。このほか、筑波高速は梅島(東武線の西新井駅付近)から松戸や船橋に延びる支線も計画し、松戸への支線のみ1929年6月に許可された。

この計画には大きな問題があった。筑波山の東側には地磁気観測所があり、人為的に作り出された電流、とくに直流電流は観測の障害になる。そのため、観測所の周辺(半径30km以内)では原則として直流電化できず、筑波高速も谷田部以北の電化は認められなかった。つくばエクスプレス線(守谷以北)のように交流方式の電化なら大きな問題はないが、戦前の日本では交流電化の実績がなかった。

■京成が強い関心示した理由

こうして計画は行き詰まり、筑波高速は会社の売却を考える。そもそも、筑波高速は鉄道を建設するつもりなどなく、国から得た鉄道建設の「権利」を別の鉄道会社に売りつけるのが目的だったという説もある。実際、会社のメンバーには「投機筋と言われる人達」(白土貞夫「双峰を目指した幻の筑波高速度電気鉄道」『鉄道ピクトリアル』2006年1月号、電気車研究会)が多かったという。

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