がんになった緩和ケア医が悟った余命の真実 食べられなくても生きられる時は生きられる

東洋経済オンライン / 2019年12月5日 8時10分

大橋洋平さんは希少がんを患いながらも医師の仕事を続けている(撮影:花井 知之)

今年3月に亡くなった昭和のスター、萩原健一さんは、希少がんGIST(ジスト)に蝕まれていたという。このジストとの闘病を続けているのが終末期がん患者に関わる、現役のホスピス緩和ケア医の大橋洋平氏だ。

2018年6月に胃に直径10cmもの巨大なジストを発病、抗がん剤治療を続けながら、2019年11月現在も緩和ケア医としての活動を行っている。そんな自身の体験をつづった『緩和ケア医が、がんになって』から一部を抜粋して掲載する。

外科主治医による病理検査の結果説明を受けた。私の胃悪性腫瘍は10万人に1人の希少がん、ジストだった。追い打ちをかけたのが、極めて高い腫瘍の悪性度を示す、とてつもない数値だった。

■生きる時間に限りがあるという現実を突き付けられた

目を疑った。

通常、がんなどでは、その程度をステージで分類する。ステージⅠ、Ⅱ、Ⅲ、Ⅳという具合に。

一方、ジストではそうではなく、超低リスク群、低リスク群、中リスク群、高リスク群と分類される。リスク高低の分かれ目の拠り所となるものの1つが、顕微鏡で調べた際の腫瘍細胞分裂像数だ。

腫瘍細胞分裂像数とは、腫瘍細胞が分裂する数、すなわち腫瘍ジストの勢いを示すものである。高いか否か、ボーダーラインとなる数は「5」。私のジストは、その腫瘍細胞分裂像数が、なんと「181個」だった。

生きられる時間に限りがあるという現実を突き付けられて、足元から崩れる思いだったが、何とか気を取り直して、腫瘍内科を受診した。これからは腫瘍内科医も主治医に加わってくれる。

今後の治療として、抗がん剤グリベックの治療を開始するという。

3年間、毎日飲み続ける治療である。治療は生易しいものではなく、決して楽でもない。不安は多々あれど、とりあえず今後の治療が定まった。

そして、抗がん剤開始前にCT検査を受けることとなった。

CT検査の結果では、幸いにも転移や再発は見られなかった。

予定どおり抗がん剤グリベックが処方された。ほかの抗がん剤と比べて副作用は比較的少ない。とは言え、やはりゼロではなく、吐き気・嘔吐(おうと)・下痢・食欲不振など多岐にわたる。白血球も減少する。

抗がん剤治療では、いちばん効き目があると考えられるものから試すのが鉄則である。中でも効果が期待でき、しかも副作用が少ないとされるグリベックだったが、もともと下痢気味だった私にとって、1日1回4錠はやはり厳しかった。状態は目に見えて悪化した。

■「食べること」が拷問のようだった

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