さらば「スーパービュー」、伊豆の観光列車列伝 往年の列車から「サフィール」まで写真で紹介

東洋経済オンライン / 2020年3月14日 7時5分

デビュー直後、伊豆急線内を走る「スーパービュー踊り子」251系。登場時は近年と異なる塗装だった(筆者撮影)

2020年3月14日のダイヤ改正で、新しい伊豆方面への観光豪華特急「サフィール踊り子」が誕生する。この列車の登場によって1990年4月以来、長年親しまれてきた観光特急251系「スーパービュー踊り子」(以下、SVO)は姿を消す。

伊豆方面へは戦前から現在に至るまで観光色の強い列車が数多く登場し、観光活性化に大きく寄与してきた。「サフィール」登場、SVO引退というタイミングに合わせ、伊豆観光で活躍してきた往年の列車を振り返ってみることにしよう。

■伊豆半島の行楽ルート

首都圏からの行楽地として知られる伊豆半島東部は、伊東、熱川、下田、修善寺といった著名な温泉がある行楽のメッカだ。しかし、明治時代は海岸沿いを通る道はなく、人々は小説『伊豆の踊子』に見られるように、修善寺から天城峠などを経て伊豆半島に至った。

そんな伊豆方面への鉄道は、1938年12月に伊東線・熱海―伊東間の全通によって東京直通列車の運転が始まり、これが伊豆東海岸への観光の足がかりとなった。戦後の1949年には休日運転の準急「いでゆ」が東京―伊東間に登場。修善寺行きを併結して運転したが、これが現在の熱海における特急「踊り子」の伊豆急下田行き・修善寺行きの分割併合運転の最初の姿である。

1950年3月のダイヤ改正で国鉄初の中距離用電車80系が登場すると、10月からはこの車両による準急「あまぎ」が14両編成(うち4両は修善寺行き)で運転された。この際のダイヤは東京12時50分発、伊東14時53分着・修善寺15時30分着だった。

当時、伊豆半島の観光コースとしては東京―修善寺間の直通電車を利用し、修善寺からバスで河津、下田、西伊豆へと向かうのが観光客の定番コースだった。

1961年12月10日、伊東―下田(伊豆急下田)間に待望の私鉄、伊豆急行が開業した。同線は1956年2月に東京急行電鉄(現・東急)が伊東―下田の東海岸に沿って地方鉄道敷設免許を申請し、1960年2月に伊東―下田間の工事に着工。開業と同時に国鉄伊東線との相互乗り入れを開始した。

これによって東京―伊豆急下田が直通電車で結ばれ、伊豆半島の交通手段は一段と多様化した。国鉄の153系電車による直通準急「伊豆」「おくいず」が下田まで乗り入れるようになり、伊豆半島東海岸のアクセスは格段に便利になった。

伊豆急が開業にあたって導入した電車は100系といわれる2扉車で、座席は当時の急行列車仕様のボックスシートを備えており、観光地への電車にふさわしい装備を誇っていた。

■急行「伊豆」や特急「あまぎ」…

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