民法「抜本改正」が鉄道規則に与えた思わぬ余波 見つけた紛失きっぷ、いつまで払い戻せる?

東洋経済オンライン / 2020年3月22日 7時10分

失くしたきっぷが見つかれば払い戻しを受けることができる(写真:HIME&HINA/PIXTA)

読者の皆さんは列車に乗っていて、降りるときになってきっぷがないことに気付いた経験はないだろうか。ポケットや財布、カバンの中を探しても見つからない場合、同じ金額を払ってきっぷを再発行してもらうことになる。

筆者も30年ほど前、北海道できっぷを紛失して再発行を受けた苦い思い出がある。

後になって失くしたきっぷが見つかった場合には払い戻しが受けられるが、物事には時効というものがある。失くしたきっぷについても時効が決められているのだが、見つかった場合に払い戻しが受けられる期限はいつまでかご存じだろうか。

■民法改正で時効のルールが変わる

正解は1年間だ。早々に答えを明かしてしまったが、では、いつから1年なのか。そんな細かい、しかし重要な点についての規定がこの春の民法改正で明確になる。

2020(令和2)年4月1日に民法のうち「債権法」とされる箇所がおよそ120年ぶりに大きく見直される。今回の改正では時効のルール、売買に関するルールなど多岐にわたって変更が加えられる。

1つの法律が変わる場合、その法律に基づく法律や関連する法律も影響を受ける。そのため関連法令の改正が必要になる場合も出てくる。とくに今回は、契約関係を規律する民法の改正ということもあって、多くの法令の調整や改正が必要となった。

それに対応するため、「民法の一部を改正する法律の施行に伴う関係法律の整備等に関する法律」(以下「整備法」という)も制定された。今回の整備法では、法律の所管省庁ごとに第1章から第14章(ただし第14章は罰則に関する経過措置や政令への委任に関するもの)まで定められ、条文数は実に362にも上る。

今回の整備法を調べたとき、鉄道関係の法令で改正される法令がないか見てみた。第11章の国土交通省関係の中にそれはあった。第303条と第304条の2カ条である。第303条は鉄道営業法、第304条は軌道法に関するものであった。

まず、整備法第303条では以下のとおり規定されている。

第303条 鉄道営業法の一部を次のように改正する。

第14条中「一年間之ヲ行ハサル」を「之ヲ行使スルコトヲ得ベキ時ヨリ一年間行使セザル」に改める。

現行鉄道営業法第14条は「運賃償還ノ債権ハ一年間之ヲ行ハサルトキハ時効ニ因リテ消滅ス」と定めている。1年間運賃の払い戻しを請求しなければ消滅時効により請求できなくなるというものである。これを受けて鉄道事業者の運送約款では、紛失などの理由できっぷを再発行した場合で元のきっぷが見つかったときの払い戻しの請求を1年に限るとしている例もある(例:JR東日本旅客営業規則第269条など)。

今回の変更は、「1年経ったら請求できない」ということではまったく変化はない。変化があるのは「行使することができるときから」(1年)という起算点が明確に設けられたことである。これはどういう意味か。

今回の民法改正では時効の部分も改正対象になったことは先に述べたが、改正民法では時効により権利が消滅する場合の起算点が2つ設けられた。「権利を行使できるときから」(10年)という客観的な時点と、「権利を行使することができることを権利者が知ったときから」(5年)という主観的な時点である(改正後民法第166条第1項第1号第2号・ただし例外あり)。改正前民法では消滅時効の起算点は「消滅時効は、権利を行使することができる時から(消滅時効完成へのカウントが)進行する」(改正前民法第166条第1項)とのみ定められていた。

■客観的な起算点を明確にした

鉄道営業法に定める運賃償還の債権に関する消滅時効の規定も民法とまったく関係なく存在しているわけではない。

そこで今回民法の規定の文言に合わせて、「1年間行使しなかったとき」という文言から「権利を行使できるときから1年間行使しなかったとき」という客観的な起算点を明確にした。

きっぷを再発行した場合、きっぷが見つかりさえすれば再発行の分の運賃の返還を請求できる。その意味では再発行をした時点から払い戻しを求める権利を取得しているといえる。したがって、その時点から1年権利を行使しなかったときには権利の行使ができなくなるということになる。

主観的な起算点は消滅時効期間が長くなりすぎるのを調整するものであるが、運賃償還の消滅時効期間は1年と短いことから主観的な起算点は設けられなかったものと思われる。

整備法の第303条は時効の規定に続き、鉄道営業法について以下のような規定を設ける。

第18条の次に次の一文を加える。

第18条の2 鉄道ニ依ル旅客ノ運送二係ル取引ニ関スル民法第五百四十八条の二第一項ノ規定ノ適用ニ付テハ同項第二号中「表示していた」トアルハ「表示し、又は公表していた」トス

ここではまず、条文の追記がなされる。もともと鉄道営業法には第18条(乗車券の検査および割増賃金)の次に鉄道と他種の運送(船舶、軌道、自動車など)との通し運送に関する規定として第18条ノ2から第18条ノ4が置かれていた。

これらをそれぞれ1つずつ繰り下げ(第18条ノ2を第18条ノ3などとする)、新たな第18条ノ2を挿入する。そしてこの改正後第18条の2では旧第18条の2が規定していた「通し運送」のことは定めず、改正後民法第548条ノ2で新設される「『定型約款』の合意」の規定を受けた新たな内容を定める。

■「定型約款」の規定ができた

「定型約款」に関する規定の創設は、今回の民法改正の1つの目玉である。

改正後民法第548条の2第1項では、「ある特定の者(定型約款準備者)が不特定多数の者を相手方として行う取引であって、その内容の全部又は一部が画一的であることがその双方にとって合理的なもの」を「定型取引」とし、「定型取引において、契約の内容とすることを目的としてその特定の者により準備された条項の総体」を「定型約款」と定義づけている。

電気やガスの契約、公共交通機関の運送契約など、不特定多数の者を相手に画一的な契約書が用意されるものが代表的である。

契約は1対1で行われるのが基本である。本来であれば電気、ガスの契約なども個々の利用者と具体的に交渉して契約をするのが基本になる。しかし、電気、ガスの契約は、契約当事者間で契約内容について交渉することはなく、あらかじめ用意された定型的な契約に基づいてサービス提供が行われる。

契約に要する手間や時間を考えると、その内容が合理的であれば画一的な定型取引がなされたほうがむしろ利用者にとっても都合がよいことが多い。その一方、画一的な対応がすぎると利用者が思わぬ不利益を被ることがある。

改正前民法では、定型約款を規制する規定が存在しなかった。そのため、この契約類型を規制するために新たに民法第548条の2~第548条の4が設けられている。ここでは、「定型約款について利用者が合意をした」とみなす要件の1つとして定型約款を準備した事業者が「定型約款を利用者に表示していたこと」が設けられた。

鉄道においても、鉄道事業者が不特定多数の利用者を画一的に扱う営業規則等の定型約款を準備している。改正後民法第548条の2以下に照らせば、鉄道事業者は利用者に対して利用のたびに営業規則等を表示する必要がある。

そうすると、この民法の規定を貫けば、鉄道利用者は、きっぷを購入する際にあらかじめ出札口や自動券売機で営業規則等の表示を鉄道事業者から受けなければならない(JR東日本の場合:旅客営業規則第5条第1項は運送契約の成立をきっぷ購入時とする)。

ICカード乗車券で改札口を通る場合には、ICカード乗車券による運送契約成立はICカード乗車券で改札機を通ったときなので(JR東日本の場合:ICカード乗車券取扱規則第20条第1項)、改札機を通るときもしくはその前に営業規則等の表示を受けなければならない。

■駅やホームページで確認できればよい

しかし、実際の鉄道利用において利用のつど営業規則の表示を受けなければならないとするのは現実的ではない。一方で、営業規則は駅などに備え付けられているし、鉄道事業者のホームページでも比較的容易に確認できる。

そのため、改正後鉄道営業法第18条の2では、実際上の便宜や個々の乗車の際に定型約款を表示する必要性の小ささから、民法第548条の2第1項第2号の特則として定型約款を「公表」していれば足りるものとした。ホームページや駅などで定型約款たる営業規則を公表し、利用者が見ようと思えば見ることができる状態にすればよいこととされたのである(改正後軌道法第27条の2も同様(整備法第304条))。

何気なくIC乗車券で列車に乗っていても、鉄道会社と運送契約がきちんと結ばれているのである。

なお、鉄道法令とは直接の関係はないが、労働者の給与請求権の消滅時効期間の規定でも劇的な変化が生じている。

最近、雇い主(元雇い主を含む)に対する未払残業代の請求が増えているようであるが、これまでは消滅時効が2年とされていたので過去2年分の残業代しか請求できなかった(労働基準法第115条)。

しかし、2020(令和2)年4月1日以降は消滅時効期間を5年としつつ、経過措置として当面の間3年とする、とされる。労働者保護には有益ということになるが、使用者側はこれまで以上に対応が必要であろう。

小島 好己:翠光法律事務所弁護士

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