「新型コロナ危機だけで恐慌など来ない」ワケ 日本を含めた先進国ははむしろ焼け太りに

東洋経済オンライン / 2020年6月1日 7時25分

ニューヨーク証券取引所でもマスクと社会的距離を奨励(写真:REUTERS/Lucas Jackson)

コロナウィルス感染拡大に一応の歯止めがかかる一方で、経済の落ち込みが深刻になっている。1930年代の世界恐慌の再来を心配する声もあるようだ。しかし、筆者は、コロナで恐慌は来ないだろうと考えている。

理由はプロセスが違うからだ。根拠なき楽観や粗雑な願望にすがろうとする人の心から、恐慌はやって来る。私たちが冷静さを失わなければ、コロナウィルスだけならば、恐慌など来ないはずである。

1930年代の世界恐慌は株式市場の急落が先行し、それに実体経済が追随した。株式市場の急落は人々の心の弱気化によるものだ。それに対し、今回は実体経済の急激な落ち込みにもかかわらず、先進国の株式市場は大きな下落を演じることなく踏みとどまっている。人々はウィルスに感染することを怖れてはいるが、時間をかければ経済が回復するシナリオがあるとも信じているのだ。

■一発逆転の賭けはかえって事態を危うくする

だが、それを危ういものにしてしまう動きもある 。 

人間の心が必ずしも合理的なものでないことを事実としてとらえ、それを前提として現実を分析しようとする経済学の分野がある。これを実験経済学とか行動経済学という。この分野における先駆的な業績に、イスラエルのカーネマンとトベルスキーという2人の学者が1970年代末に行った「実験」がある。

彼らは多くの被験者を集め、集まった人たちに一定の仮定的状況でどう行動するかを問いかけた。そこで分かったのは、豊かな未来を展望しているときには無茶なギャンブルをしようとしない人々でも、避けがたい不幸や不都合に向かい合うと、無謀ともいえる一発勝負に賭けやすいということだった。

筆者が批判し続けている「全国民にPCR検査を」という提言もそうしたものではないか。提言に「経済のV字回復を」というキャッチコピーが付けられているのを見ると、その裏に苦境に陥ったときに生まれがちな一発逆転狙いの願望が隠れているように思えてならない。一人ひとりの個人が一発逆転を狙うのは構わない。しかし、それに国全体を巻き込もうとするのは無責任である。

提言に対する筆者の批判は『コロナ感染者隔離のための検査は「地獄への道」』『「自由」を危機にさらす「全員PCR検査論」の罠』を読んでいただくとして、話を元に戻そう。

図は拙著『国家・企業・通貨』(新潮選書、2020年2月)に掲載した世界の主要地域別GDP(国内総生産)の推移だ。これを見れば20世紀というのは欧米圏の経済規模が世界全体の70~80%にも達していた時代であることが分かる。そして、そうした時代だったからこそ、米国や欧州に生じた人々の心の変化は一気に世界を恐慌に陥れたのである。

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