感染者ゼロ「八丈島」の島民たちが抱える葛藤 観光業などを営む住民の本音を聞く(前編)

東洋経済オンライン / 2020年7月23日 7時35分

多くの観光客が訪れていたが、飛行機の減便が島民の生活を一変させた(写真:sparrow /PIXTA)

一時、収まりかけていた新型コロナウイルスの感染者数が再び激増している。東京都では日々報告される感染者数が300人に迫るなど収束の兆しが見えない状況だ。市中感染の広がりが懸念される状況の一方で、コロナ関連情報のほとんどは中央から発信されている。東京から遠く離れた島嶼部に暮らす人々は、コロナ禍とどう向き合っているのか。これまで感染者をゼロ(7月20日時点)に抑えている東京の離島・八丈島の人々の生の声をリモート会合で聞いた(取材日=7月8日)

コロナの感染者が増え続ける中、東京都の中で感染者ゼロに抑え込んでいるのは、奥多摩町、檜原村と、御蔵島を除く島嶼部しかない(7月20日時点)。その数少ない自治体の1つが伊豆七島・八丈島の八丈町だ。東京から287㎞離れた八丈島の面積は約69㎢、人口は7287人(7月1日現在)の小さな町である。島では農業(花き観葉植物栽培)、漁業、そして観光関連を主要産業としている。

■八丈島での感染拡大に強い危機感を抱く

島外から多くの旅行客が訪れる八丈島では、「八丈島への不要不急の来島については、強く自粛を要請します」(4月27日)とホームページなどで来島自粛を強調してきた。町民に向けても、「町民全員で手を携えながら、一丸となってこの危機を乗り越えていきましょう」と呼びかけている。

小さな島だけにひとたび感染者が発生したら、拡大を抑えるのは大変だ。町立八丈病院は「(新型コロナの)重症患者が入院可能な陰圧室が2部屋(2床)しかなく、人工呼吸器も4台しかありません」と町民に感染予防を訴えている。

緊急事態宣言の解除、東京都の自粛緩和が示された以降も気を緩めず、島では「八丈町の『新しい生活スタイル』について」という行動指針も示した。そこでは3密防止策に加え、島民が上京したとき、帰京したときの行動指針についても具体的に記載されている。

また、観光事業者に向けにも「万が一観光客が発症した場合には、保健所の指示に従い2日前までの行動歴と濃厚接触者を把握できるような対応を行ってください」との指針を示している。東京・竹芝桟橋や八丈島空港では検温も実施するなど、何が何でも島にウイルスを持ち込ませない、という強い意志を感じさせる対応だ。

八丈島では3月から4月にかけて、島の春の観光シーズンの目玉イベントである「第54回八丈島フリージアまつり」(3月20日~4月5日)が中止に追い込まれたほか、学校、保育園が休校、休園し、集会施設、温泉施設なども閉鎖された。

緊急事態宣言解除以降は、大半の施設が再開しているが、キャンプ場は当面の間使用禁止だ。イベントも「第48回八丈島夏まつり」「八丈島納涼花火大会」「島婚IN八丈島2020」などが中止となった。感染者ゼロを維持している一方で、観光事業者などは大きな打撃を受けている状況だ。

コロナ禍の中で、島の主要産業である観光業などを営む八丈島の人々はどのような状況に置かれていたのか。リードホテル&リゾート代表取締役の歌川真哉さん、「第64代ミス八丈島」の大澤萌さん、玉石セラピーサロンやカフェを経営する玉井由木子さん、町議会議員でネイチャーガイドの岩﨑由美さんの4人の方々にコロナを実感した時期や、具体的事例について尋ねてみた。

歌川:私は八丈でコロナの影響を受けたワースト3に入ると思っています(苦笑)。この間の動きを振り返ってみると、お客さんが減りだしたのは2月になってからですね。3月になると2~3割減る状況となり、かなりやばいなと思い始めました。旅行会社からの要請もあり従業員のマスクや消毒対応などをいち早く行いました。

3月初旬には国の融資制度を活用して1億円の借り入れも行い、その後の事態に備えましたが、こんなに大きな影響が出るとは思いませんでしたね。影響という意味では3月下旬の小池百合子都知事の“ロックダウン発言“と志村けんさんが亡くなったことが大きかった。一気にお客さんが減りましたね。

■島のイベント中止が生活を一変させた

大澤:私がコロナを実感し始めたのは2月終わりごろですね。毎年、ミス八丈島は、3月下旬から4月上旬にかけて行われる「八丈島フリージアまつり」のPRのためにキャラバンに出かけます。

石川県や都内各所、そして都知事さんも訪ねて行きますが、今年は3月になったらすべて取りやめになってしまいました。ミス八丈島としての活動がゼロになってしまったのです。そのうち収まるだろうと思っていたのですが、5月に都内の竹芝桟橋で行われる「島じまん」というイベントも中止なってしまい、深刻さを実感しました。

玉井:うちの店は例年ですと「フリージアまつり」あたりから忙しくなります。3月上旬の時点では、2号店がある大里地区(玉石垣などがある観光エリア)でも観光客の姿は普通に見られました。それが、フリージアまつりが行われるはずだった春休みの頃になると、予約の電話がなくなり、人出が無くなり、キャンセルが続出という状況に一変しました。

予約表は真っ白です。緊急事態宣言中にただ1人、都内のリピーターのお客さんがいらっしゃいました。島のホテルに滞在してリモートワークをされていた方で「ご迷惑でなければ伺ってもいいですか」とものすごく低姿勢で、ありがたかったですね。

岩﨑:個人的に意識し始めたのは2月初旬です。ネイチャーガイドの仕事の面での影響もそうですが、町議として行政対応などに気をつけなければならないなという思いが強かったですね。

長期化する中で大変な影響を受けているにもかかわらず、一連の事態を冷静に捉える様子がうかがえたが、コロナ禍が続くこの半年あまりの間、島の人々の生活面はどう変わったのだろうか。

岩﨑:サージカルマスクはしばらく品切れの状態が続きましたが、手作りの布マスクを販売する方がいて助かりました。トイレットペーパーなどが不足した時期もありましたが、食料品やガソリンも含めて日常生活の不自由はあまり感じませんでした。家にひきこもることもなく、散歩や買い物も以前とあまり変わりませんでした。マスク着用やアルコール消毒は必須となりましたが。ただ、飲食店が休業を余儀なくされたので、外食や飲み会の機会はなくなりました。

歌川:うちのホテルは4~6月は完全休業に追い込まれました。7月になって再開しましたが、都内の感染者が再び100人を超え始めたとたん予約キャンセルが出てきました。

企業の社員の方や都の職員の方の出張も取りやめになってしまった。7月の売り上げは前年の7割減、客数は6割減ですね。8月の売り上げは4割減ぐらいかなと見ていますが、今後の状況次第ですね。

■飛行機の減便が島の観光業を打撃

岩﨑:今、島にとって本当に痛いのは航空の減便ですね。羽田―八丈島間は1日3便体制だったのが、1日1便になっています。しかも早朝の第1便のみ。島に来てくださる観光客にとって羽田発7時30分の便はなんとも不便。地方からのお客さんだと都内で前泊しなくちゃいけませんからね。

他の観光地と違って、八丈の観光は航空と船便がワンセットで成り立っています。そのうえ生活路線でもある。減便が続くと打撃は大きいですよね。石川・小松空港や名古屋(小牧)空港からのチャーター便もあったのが、今はゼロです。

コロナ禍で来島客が激減し、観光関連産業は軒並み休業や営業縮小を強いられた。そうした中で、島内である変化が起きていた。感染への恐怖心から来島者を拒むかのような動きが出てきたというのだ。

ある島民が、家族とリュックにカメラという格好で森を歩いていて、すれ違った島の婦人たちに挨拶をしたところ、観光客と思われたのか、無視されてしまった。レンタカーが止まっていると、それを問題視する人もいたという。同じ島にいながら、コロナに対する受け止め方に温度差があることを実感したそうだ。

■島内の仕事で完結している人もいる

八丈島の島民は、島の中で仕事を完結させている人も多い。

歌川:島で外と交流を持っている人は意外と少ない。農業など島内の仕事だけで(ライフスタイルが)完結している人も多い。そうなるとコロナの受け止め方に差が出てきますよね。

来島者への受け止め方は、八丈島だけの問題ではなく、全国各地の観光地、別荘地などでも見られた現象であるが、小さな島だけに人々の心に残る影響は無視できないものがある。

そうした中、徐々にではあるが希望の動き、変化の予兆も見られ始めるようになった。旅行会社から「現地ツアーができない代わりにオンラインでの体験ツアーの製作を手伝ってほしい」といった依頼が飛び込んできた。そんな島に起きている新たな動きなどを後編でレポートする。(つづく)

山田 稔:ジャーナリスト

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