6人家族で「1週間の食費は1万円」極限の食生活 野菜はほとんど買えず「鶏胸肉」がたまの贅沢

東洋経済オンライン / 2020年8月5日 7時25分

人生の歯車が狂い始めたのは、シュウゴさんが30代になり、4人目の子どもが間もなく生まれようというころ。妻はすでに仕事を辞めており、シュウゴさんの収入だけでは家計が厳しかったので一時的に妻の実家に身を寄せた。しかし、妻は子ども時代に両親から虐待を受けた経験があった。もともと不安定だった関係は同居によってさらに悪化。最後は追われるようにして家を出た。

引っ越しにかかった費用の一部を妻の両親に立て替えてもらったこともわざわいし、実家を出た後も両親からは借りた額の何倍もの金額を請求されたり、「刺してやる」「お前らのことは逃がさない」といった手紙が送られてきたりした。「怖かったです」とシュウゴさん。警察に相談し、妻の両親が住民票などを閲覧できないよう措置を取ってもらったという。

一方の妻は無事に出産したものの、体調がすぐれない日々が続き、最終的に膠原病と診断された。これ以降、シュウゴさんの勤怠は不安定になり、収入は激減。転職を余儀なくされることもあった。関東圏や東海圏などいくつかの地方都市での生活を経て、2年ほど前に「暖かいところのほうが妻の体調がよい」という理由で、九州への移住を決めた。

血縁も地縁もない土地での暮らしは、家計にも厳しい。シュウゴさんは「妻の実家からできるだけ離れたかったので、(同じ関東地方にある)私の実家に戻るのは避けたかった。それに最近は妻の体調もよくなっており、九州を離れるという選択肢はありません」と話す。現在、カードローンなどによる借金は約100万円になるという。

自動車や病院の電子カルテなどのプログラミングを手掛けた経験のあるシュウゴさんはシステムエンジニアとしては引く手あまただ。

ただ、戸建ての社宅が利用できることや、不安定な勤怠への理解といった“条件”をクリアしようと思うと、時に転職には苦労した。社宅の明け渡しが1週間後に迫っても、次の仕事が見つからず、ガスは止められ、コメもなくなり、相談に行った自治体の担当者から、子どもたちを一時的に児童相談所に預けるよう提案されたこともあった。

「なんとか転職先は見つかりましたが、家族にとって一番の危機でした。このときは子どもたちと離れ離れにならなくて済むように、家族単位で利用できるシェルターがあればいいのにと思いました」

シュウゴさんは「世の中に私たちのような家族がいることを知ってほしい」というメールを編集部に送ってくれた。私は、シュウゴさん一家が直面している現状以上に、彼らがなぜ公的な福祉サービスを利用しないのかということを知りたかった。日本には不十分とはいえ、生活保護や社会福祉協議会による貸し付け、生活困窮者自立支援といった制度がある。膠原病に関しては障害者手帳の取得や障害年金の受給といった手立てもある。

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