「実母の暴挙」に苦しんだ48歳女性が見た死の淵 2度の離婚、子育て、介護のストレスでうつ病に

東洋経済オンライン / 2020年10月17日 19時10分

母親の介護によるストレスでうつ病になった女性。育児も重なり「ダブルケア」だった(写真:Graphs/PIXTA)

子育てと介護が同時期に発生する状態を「ダブルケア」という。ダブルケアについて調べていると、子育てと介護の負担が、親族の中の1人に集中しているケースが散見される。

なぜそのような偏りが起きるのだろう。

連載第11回は、高校2年生のときに母親が若年性パーキンソン病と診断されて以降、32年間にわたって母親の介護をし続け、途中、2度の結婚と離婚、子育てを経験してきた女性の事例から、ダブルケアを乗り越えるヒントを探ってみたい。

■両親はいつも口げんかをしていた

北海道在住の田中文子さん(仮名、48歳)は、小さいながらも会社を営む父親と、それを手伝う母親のもとで生まれ育った。

母方の祖母は、東北の裕福な家の長女として生まれ、祖父は婿養子。しかし太平洋戦争が始まると急激に貧しくなり、10人いるきょうだいの中から、田中さんの母親だけ北海道へ出稼ぎに行かされた。

20歳で単身、北海道で働き始めた母親は、やがて25歳を過ぎると見合いの話があり、27歳で父親と結婚。

夫婦仲はよくなく、田中さんが物心つく頃には、両親はいつも口げんかをしていた。

「母方の親戚はみんな東北にいるので、母は北海度で孤独だったと聞いています。祖母が亡くなってからもずっと、『恨んでいる』という話を何度も聞かされました。両親の口げんかはしょっちゅうです。私には6歳上に兄がいるのですが、両親がけんかをすると私たちにもとばっちりが来て、母から延々と父の悪口や妄想を聞かされました。母は若い頃から、精神的におかしかったと思います」

田中さんは、中学生になるかならないかの頃に、「うちの母は周りと違うのではないか」と感じ始めた。

母親はもともとうつっぽいところがあったが、とくに父親とけんかをした後など不機嫌になると、「あんたなんか本当は産みたくなかったんだ」「みったくない子(北海道弁で可愛くない)」「お母さんの言うとおりに生きていたら間違いないんだよ」など、怒鳴るでもなく、淡々とした口調で、自己肯定感をそぐような言葉や態度を延々と続けるのだ。

あるとき田中さんは、『母が重い!』という本を見つけて、「うちの母はこれだったんだ!」と思った。

すぐに田中さんは、カウンセリングや自助会など、母との付き合い方や自身の苦しみを解決する方法を探し回ったが、結局納得できる解決法は見つからなかった。

■母親がパーキンソン病に

高校2年の秋。父親の会社の経理を任されていた母親が、いつものようにそろばんをはじいていると、時折「手に力が入らない」と言うようになり、ボールペンを持つ手も震えることから、脳の疾患を疑った。

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