稲盛和夫「人を雇うなんておこがましい」の真意 躍進する企業経営者は「成功哲学」を持っている

東洋経済オンライン / 2020年11月10日 16時0分

山科工場を訪ねると、稲盛はいわゆる「ナッパ服」のような作業着で現れた。稲盛は、若い頃に受験や就職の失敗を繰り返し、肺浸潤を患い、「人生は挫折の連続だった」と話した。その病床で、「生長の家」教祖である谷口雅春の著書『生命の實相』を繰り返し読み、衝撃を受けたという。

就職した京都の松風工業では、ニューセラミックスの開発チームに配属され、寝食を忘れて研究に打ち込む。ところがニューセラミックス部門が軌道に乗り、会社の屋台骨にまでなると、開発の立役者だった稲盛らは外されてしまう。そこで稲盛は仲間たちと退社。

1959(昭和34)年、倒産覚悟で京都セラミツクを設立した。1年後、社員数は60人へと倍増、年間売上高は約2627万円。倒産どころか黒字になった。私は稲盛に成功の秘訣は何かと聞いた。

「全社員がお互いに信頼し合い、一体となって懸命に働いたためです」。――何のてらいもなく稲盛はいった。

「不安定極まりない状態で社員を雇って、無責任に『一生懸命働け、働いたらこうもする、ああもする』と空念仏を唱えるわけにはいきません。しかし、現実には、がむしゃらに働いてもらわなければ、たちまちに潰れてしまう。

つくづく感じたのは、われわれは雇い雇われるという関係ではない。少なくとも人間は、人を雇うなんておこがましいことはできない。われわれは一緒に働くために集まったパートナー、同志なのだということなのです。

経営者とか社員といった差はない。みんな、ほれて集まった者同士で、皆で作った会社、この集団のために、一生懸命に働き、苦楽を共にする。われわれの会社は、いわば運命共同体なのだと考えないわけにはいかなかったのです」

実は、当時の私は、この稲盛の言葉を信じ切れなかった。しかし、あれから40年、稲盛は流儀をまったく変えず、京セラとKDDIを一流企業に育てたばかりか、倒産した日本航空を見事に再生させた。

いまの日本で、稲盛の経営は信仰のように語られる。まさに「心をベースにした経営」であった。ひねくれ者の私も、いまとなっては信じざるをえない。その根底に一貫して流れる、ぶれない「利他主義」に感服するばかりである。

■メルカリ創業者・山田進太郎の名言

アメリカの多様な人種の中で受け入れられるサービスを作れば、世界のどこでも通用します【山田進太郎 (メルカリ創業者)】

山田進太郎(やまだ しんたろう)/1977(昭和52)年、愛知県に生まれる。2000(平成12)年、早稲田大学教育学部卒業。大学4年時に楽天のインターンを体験。2001(平成13)年、ウノウ設立、ウェブサービス「映画生活」などを展開。2013(平成25)年、メルカリ設立。会長となった後、2019(令和元)年、社長に復帰。

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