「自助・共助・公助」を批判する人の大きな間違い 年金はどっち?知っておきたい社会保障の基本

東洋経済オンライン / 2021年1月7日 11時0分

菅首相が掲げた「自助・共助・公助」。日本の社会保障の仕組みを知らないために、その意味を混同している人が多すぎないか(写真:Carl Court/ロイター/アフロ)

菅義偉首相のコロナ対策がチグハグだと言われていますが、それはさておき、菅氏が首相になって表明した理念、「自助」「共助」「公助」という言葉が話題になりました。これについては「そのとおりで当たり前のことだ」という意見がある反面、「自助を最初に持ってくるのは、政府の役割を放棄しているに等しい」という声もあります。

社会保障政策の考え方というのは、これが絶対に正しいというのはなかなか難しいので、一概にどれがよいとか悪いとか決めつけることはできないのですが、菅総理のこの言葉に対する意見を聞いていると、ある種の勘違いや意味を混同している面があるような気がしてなりません。

■「人間社会の自然なあり方」を表しているだけ

そもそも菅総理が言っているのは、「社会のあり方や人の生き方として、どうあるべきか」という、少し大上段に振りかぶったところからの考え方のように思えます。これは一国の総理としての理念表明ですから、当然でしょう。だとすれば、人は生きていくうえにおいて、自分が働いて稼ぐことが第一であるのはごく当たり前の話です。

しかし病気や失業といった何らかの理由で仕事ができなくなったとすれば、次に出てくるのは「社会保険」です。社会保険というのは、社会を構成し、働いている人みんなで保険料を出し合って、不幸な目に遭ってしまった人を助ける仕組みですから、これが共助=共に助け合う、ということでしょう。

それでもカバーできないような状況に陥ったときに初めて公的な機関が「税」を使って助ける、これが公助=公の力による救済なのです。こうして考えると、この順番は何も特別なことをいっているわけではなく、人間社会の自然なあり方を表しているにすぎないといってもいいでしょう。

ところが、「社会保障」の話になってくるとこれは少し違ってきます。まず共助があり、次に自助、そして最後が公助となります。

この構造が最もわかりやすいのは老後の生活です。日本は国民皆年金制度ですから、老後の生活を支える最も重要な柱となるのは公的年金保険です。この制度に入っている人、すなわち20歳以上の国民はほぼ、いずれかの公的年金保険に入っていますから、全員が保険料を負担しています。

そして一定の年齢になって働けなくなってきたら、この公的年金保険から年金が支給されるというのが大原則となります。つまり全員が加入している保険制度なのです。

よく国の年金はあてにならないから自助努力を優先すべきだといって、民間の保険や投資をしている人が多いのですが、そういう「自助」はあくまでも「共助」である年金保険制度だけでは不十分だと思えば自分で備えればいいことであり、共助よりも優先すべきものではありません。

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