白血病のJリーガー「病名公表」するまでの苦悩 酒井高徳選手が見舞い、南野選手も心配のメール

東洋経済オンライン / 2021年1月20日 21時30分

「明日から俺、頑張りますよ。絶対に治して、もう一度ピッチに立ちます」

若杉さんとはそう言って別れると、片渕さんが僕を病院まで送ってくれた。この車内で僕は片渕さんとずっと話をしていた。

■覚悟しても「頑張る」と言っても…

どんな内容だったかは、すべては覚えていない。でも、はっきりと言えるのは、「沈黙するのが怖かった」ということだ。会話が途切れると、車内が静かになる。その瞬間に僕はこれからのことを考えてしまい、心が締めつけられた。覚悟は決まったはずなのに、「頑張る」って言っているのに、ふとした瞬間に心をもっていかれてしまう、弱い自分がそこにいた。

病院が近づくにつれ、お互い言葉が少なくなっていった。あれほど恐れていた静まり返った車内。僕は病院に戻りたくない気持ちで言葉が出てこなくなっていた。一方、片渕さんもそんな僕にかける言葉が見つからないように感じた。

静かな車内から病院が見えてきた。病院のロータリーに着いたとき、正直、車から降りるのが嫌だった。

「またここから自由がなくなっていくのか……」

でも、ずっとここにいるわけにはいかない。重い足取りを必死で前に出す感じで、僕は車から降りた。

「今日は本当にありがとうございました」

片渕さんと握手を交わして見送ってから、僕はふと夜空を見上げた。

いつもと変わらない空なのに、何かもの寂しさを感じた。

「明日から俺は、こうして外で夜空を見上げることもできなくなるんだな……」

自然と涙があふれてきた。僕は涙を拭って、病室に戻った──。

5月20日、再び片渕さんが僕の病室にお見舞いに来てくれた。

「史哉、実はもう1人連れてきているんだ」

片渕さんがそう言うと、

「史哉、久しぶりだな!」

と言って突然、酒井高徳くんが入ってきた。

「え、ご、高徳くん!?」

僕は固まった。高徳くんはドイツのブンデスリーガのハンブルガーSVに所属し、2014年のブラジルワールドカップのメンバーに入るなど、バリバリの現役日本代表選手で、僕と同じアルビレックス新潟ユース出身の偉大な先輩だ。

3歳差のため、ユース時代は入れ替わりだが、高校2年生でトップチームの練習に参加したときにいちばん僕を気にかけて、かわいがってくれた尊敬する人物でもある。

そんな高徳くんが自分の病室にいる。それが信じられなかった。

「これからがつらいときかもしれないけど、史哉は1人じゃないぞ。つらいときこそ、本当に自分が試されるし、そのときに史哉は必ず気づく。今まで出会ってきた人たちが本当に素晴らしい仲間であることを。つらいとき、いつでも俺に連絡してこいよ」

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