新線開通で沸く「綱島」かつては温泉も湧いた街 今は築160年超の古民家やApple研究施設が混在

東洋経済オンライン / 2021年1月24日 15時0分

綱島ラジウム温泉東京園。2015年閉店(写真:筆者撮影)

東横線にまつわる注目の話題と言えば、2022年に開通予定の東急新横浜線だろう。日吉駅から新綱島駅を経て新横浜駅に至る3駅の新線は、その先のJR・相鉄の羽沢横浜国大駅を経て相鉄線との相互直通運転を予定している。沿線住民をはじめ、鉄道ファンや不動産業界などは、新駅名や予想ダイヤ、沿線開発のニュースを待ちわびているはずだ。

そして、この新線開通によって大きな変化が起きているのが「綱島駅」だ。駅東側の新綱島駅とその駅ビルの建設現場では、既存建物が撤去され、何台もの建設機械が稼働中である。

■綱島駅の意外な過去

東横線綱島駅は渋谷からは13駅目、急行で約20分ほど。田園調布駅を過ぎ、多摩川を渡り、川崎市を経て横浜市に入ると最初の駅が日吉。その次が綱島駅だ。

その綱島が、昭和の戦前・戦後に、温泉のある都市近郊リゾート地として賑わっていたことは、地元や横浜市民には今も知られているようだが、一般にはどれくらい認知されているのだろうか。

現在はすっかり住宅地に変わり、綱島温泉の最後の名残として、駅近くで営業していた「綱島ラジウム温泉 東京園」も2015年に閉店。今、その場所が新駅の建設現場の一部になっていることは、まさに綱島の転換期を象徴することにも思える。

東横線綱島駅は、大正15年に東京横浜電鉄綱島温泉駅として開業。私鉄経営において沿線に温泉リゾートがあることは集客効果につながる。昭和2年に東京横浜電鉄は駅前に綱島温泉浴場を開業し、戦前の綱島温泉は約50軒の旅館がある温泉街に発展した。戦後も昭和20年代には復活し、最盛期とされる昭和30年代には温泉旅館が70~80軒、芸者が300人という規模だったとか。

このように戦前戦後と「東京の奥座敷」として賑わった綱島温泉だったが、その後、東海道新幹線や自動車など交通手段の発達により首都圏からは伊豆、箱根などにも簡単に行けるようになり、高度経済成長期以降、急速に衰退してしまう。

綱島ラジウム温泉 東京園は、戦前に東京横浜電鉄が建てた綱島温泉浴場跡を戦後買い取って営業していたもので、綱島の温泉地としての歴史を継承してきた存在だった。演歌歌手の三橋美智也が、下積み時代にここでボイラーマンをしていたなどの逸話もあり、今も横浜市民には懐かしく思う人も多いようだ。

昨年12月、東急新横浜線の綱島新駅の駅名が新綱島駅と発表されたが、これは地元・横浜市港北区内の在住・在職・在学者から公募し1位となった駅名。2位となった駅名が綱島温泉駅だったいうことで、まだまだ地元住民には「綱島といえば温泉」という意識が染み渡っているようだ。

■突如広がる果樹園

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