50歳の発達障害男性「社労士合格」に見た希望 昨年ADHDと診断されて勉強法を徹底的に変えた

東洋経済オンライン / 2021年2月5日 12時0分

苦楽を共にしたテキスト。ミツルさんは「年金や労働関連の法律はよく改正されるので、これからも勉強は続けなければなりません」と話す(写真:ミツルさん提供)

今回は、ADHD(注意欠陥・多動性障害、発達障害のひとつ)と診断された人の“成功体験”を紹介したい。昨年、10回目の挑戦で、社会保険労務士の試験に合格したミツルさん(仮名、50歳)だ。

■難関試験に合格も、周囲の反応は…

社会保険労務士は合格率6~7%ともいわれる難関資格である。取材の際、まず「おめでとうございます」と伝えた。すると、ミツルさんは丁寧に「ありがとうございます」と応じた。ただ、その後の話ぶりは意外なほど冷静だった。

「確かに社会保険労務士になるパスポートは手に入れました。でも合格することが目標ではありませんから」

発達障害と診断された人の中には、いろいろな会社に勤めても、ケアレスミスが多かったり、人間関係がうまく築けなかったりして解雇や雇い止めにされる人も少なくない。そして転職するたびに困窮度が増していく。ミツルさんもそうだった。組織の中でうまく立ち回れなかった自分が、社会保険労務士としてやっていけるのか――。

そうした疑問や不安を抱いているのはミツルさんだけではないという。

「両親に合格を伝えたときは、『お前が本当にADHDなら、社会保険労務士なんて受かるはずがない』『やっぱり甘えていただけだ』と言われました。離婚した元妻には今も養育費を払っているのですが、『頼むから、独立して開業なんてやめてくれ』と言われています」

ミツルさんの周囲はお祝いムードからは程遠いのだという。ミツルさんの半生とはどのようなものだったのだろう。

ミツルさんはある地方都市でそば店を営む両親のもとに生まれた。小学生のころから宿題や教科書をたびたび忘れたり、物をよくなくしたりする子どもだった。授業に集中することができず、隣の子どもに話しかけては先生から怒られた記憶がある。

小学6年生のときの担任が両親に対して「とても私の手には負えない。転校を考えてみてもらえないか」と相談していたことを、後になって伝え聞いた。母親も「これほど手のかかる子は見たことがない」とお手上げ状態。父親は和食料理人として修業した経験を持つ苦労人でもあったことから、ミツルさんに対する評価は母親以上に厳しかったという。

このため、中学からは東海地方にある全寮制の中高一貫校に入学させられた。当時は超スパルタ教育を行う私立学校として知られ、後に教師や生徒によるリンチや事故死などが起きていたことも明らかになった。

「実際、軍隊のような生活でした。冬の朝4時から裸足で雑巾がけをさせられたり、トイレを素手で磨いたりさせられました」とミツルさん。

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