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なぜ世界中で「渋沢栄一」が研究されているのか 渋沢の資本主義思想「合本主義」の今日的意義

東洋経済オンライン / 2021年6月16日 9時0分

2013年11月、パリのOECDカンファレンスセンターで開催された国際シンポジウム「Pioneering Ethical Capitalism」にて(写真提供:渋沢栄一記念財団)

明治時代から昭和時代初期にかけて、500以上の企業の設立に携わり、日本の近代産業の礎を築いた渋沢栄一。

渋沢は「論語と算盤」の言葉で知られるように、経済的利益だけでなく、公益(社会的利益)の両立をめざし、600もの社会事業に貢献したソーシャル・アントレプレナーでもあった。

渋沢はその思想を「合本主義」と呼び、公益を追求するという目的を達成するために最も適した人材と資本を集め、事業を進めることにあった。今日でいうSDGs(持続可能な開発目標)やCSV(共通価値の創造)の考え方を先取りしていたものといえる。

昨今、そうした渋沢の思想は世界的にも注目され、日米英仏の研究者による『グローバル資本主義の中の渋沢栄一』にもまとめられている。

本記事では、同書の著者の1人であり、長らく渋沢研究に携わってきた木村昌人氏が、海外で行われている渋沢栄一研究について解説する。

■金融資本主義の暴走の歯止めとして注目

渋沢栄一について海外で最も早く注目し、その本質を理解して称賛したのは、アメリカの経営学者ピーター・ドラッカー(1909~2005)でした。

1960年代にドラッカーは、「経営者にとって最も大事なことは財力でも、地位でもなく、責任だと渋沢は考えていた」と語っています。その後に高度成長が始まり、日本が経済大国になるにつれて、徐々に海外でも「近代日本の資本主義の父」や「道徳と経済の一致を唱えた財界人」として渋沢の名前が知られるようになりました。

しかし、海外の多くの研究者が本格的に渋沢に関心を持ち始めたのは、米ソの冷戦終了後、急速にグローバル化が進み、日本経済のバブルがはじけ、企業の不祥事や銀行の倒産、合併が相次いだ1990年代、いわば「失われた10年」の時代からです。

とくに2008年のリーマンショック以降、アメリカやイギリスの経済学者・経営学者さえも、経済倫理の必要性を真剣に考えるようになりました。

つまり、英米流の金融資本主義は「見えざる手」による市場メカニズムを過信し、私益をあまりにも追求するために、バブル現象を周期的に生み出してしまう。そして、貧富の差を拡大するだけでなく、バブル崩壊による世界的大不況を周期的に発生させる危険をはらんでいる、と考えるようになったのです。

実はアダム・スミスも、市場で好き勝手に行動してよいとは考えていませんでした。スミスの自由放任論や「見えざる手」の予定調和論の前提には、「人は利己的だが、道徳に基づき、自分を公平な目で見ることができるから自己規制できる」という考えがあったのです。

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