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大政奉還も実は緻密な戦略「徳川慶喜」驚く突破力 倒幕に動く薩長を困らせた「先手先手の対応」

東洋経済オンライン / 2021年6月20日 9時0分

慶喜の交渉はまだ続く。23日には「外国とのやりとりなども、これまでどおりでよいのか」と朝廷に確認。その返事を待つことなく、翌日に征夷大将軍の辞表を朝廷に提出して、揺さぶりをかけることを忘れない。「全部そちらにお任せしても、こちらは何ら問題ない」というポーズである。

朝廷としては、そんな大仕事を任されたところで困ってしまう。朝廷から26日に「外交・内政ともに、平常の業務はこれまでどおり」という趣旨の返事を引き出すことに成功。何もかも慶喜のシナリオどおりに進んだ。

大政奉還で政権を返上することで、慶喜は、旧幕府や諸藩が協力するまったく新しい形の朝廷を主体とした新政権の樹立を頭に描いていた。ようやく幕府の呪縛から解き放たれた慶喜。幕臣に対して大政奉還について述べたとき、こんな意欲あふれる言葉をかけている。

「皇国の大権を一にし、天下と共同会議、全国の力を尽くして事に従って、海外万国と並び立つべき大業を期すべきなり」

心を同じくしてともに協力して、皇国を保護すれば、海外の万国と並び立つことができるはずだ――。のちに明治新政府は「富国強兵」のスローガンのもと、列強と肩を並べるべく近代化に邁進することになるが、まさに同じ目標を慶喜は掲げていたのである。

■大久保や西郷は影響力を排除しようとしたが・・・

倒幕に向けてまさに動こうとしていた薩摩藩の大久保利通と西郷隆盛らからすれば、たまったものではない。慶喜はこれまで何度も、政局において大胆な行動に出ることで、キーマンとなって政権の中心に居続けた。

このままでは、徳川幕府に代わる新政府が樹立されたとて、慶喜が高官に採用されることは、間違いない。それでは同じことの繰り返しで旧態依然とした体制から抜け出せないと、大久保や西郷は考えたのだろう。あくまでも、徳川の影響を排除したかたちでの新政府にこだわった。

そこで慶応3年12月9日、大久保と西郷らが中心となり、薩摩・土佐・尾張・越前・安芸の5藩が協力して、「王政復古の大号令」と呼ばれるクーデターが決行される。5藩の兵が御所を軍事的に制圧。天皇の名前で幕府と摂政関白を廃止し、新政府の発足を高らかに宣言したのである。

突然の強行突破に、慶喜はどうしたのか……といえば、将軍を廃されたにもかかわらず、特に何もしなかった。実のところ、実行される3日前に越前藩を介して、クーデターが行われるという情報は、慶喜のもとに入っていた。もし、それを二条摂政や中川宮、会桑両藩に知らせて、御所に厳戒態勢を引けば、クーデターは防げただろう。

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