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菅首相とメルケル首相の埋められない決定的な差 「ナラティブ不在」で右往左往のオリンピック

東洋経済オンライン / 2021年7月9日 6時30分

「ナラティブ力の不足」が目立つ日本のリーダーは、ドイツのメルケル首相をはじめとする女性リーダーたちから「ナラティブ力」を学ぶべきだろう(写真:Dursun Aydemir/2021 Bloomberg Finance LP)

東京オリンピック・パラリンピックの開催が迫っている。国民世論の支持を置き去りにして、五輪をめぐる世の中の動きは、文字どおり「右往左往」だった。五輪中止を求める声も多い中、開催に向けて突き進む日本政府に対する批判の論調をあえて一言で表すならば「説明不足」。しかし、事の本質は「説明不足」ではなく「ナラティブ不在」だと、『ナラティブカンパニー』の著者、本田哲也氏は指摘する。「ナラティブ力の不足」が目立つ日本のリーダーは、ドイツのメルケル首相をはじめとする女性リーダーたちから「ナラティブ力」を学ぶべきだろう。

■「説明不足」ではなく「ナラティブ不在」

いよいよ、東京オリンピック・パラリンピックが7月23日から始まる。いまさら言うまでもなく、国民世論の支持を(圧倒的なまでに)置き去りにして、だ。今年に入ってから、五輪をめぐる世の中の動きは文字どおり「右往左往」だった。

2月に組織委員会の森喜朗会長が女性蔑視発言で辞任し、後任には橋本聖子五輪担当相(当時)が就任。3月には海外からの観戦受け入れを断念し、チケット60万枚の払い戻しが決定した。そして記憶に新しい5月、「国民の命や健康を守り、安全安心の大会を実現することは可能」との菅義偉首相の発言に至った。

朝日新聞の世論調査(5月実施)では、実に83%が今年の開催に異を唱え、オンライン署名サイトの「Change.org」の五輪中止を求める署名は42万を突破した。それでも開催に向けて突き進む日本政府に対しては、実にさまざまな報道が連日なされたわけだが、その論調をあえて一言で表すとするなら、「説明不足」に尽きるだろう。

「首相説明不足に不満も(時事通信)」「リーダーの説明不足(文春オンライン)」「医療への影響、説明を(日本経済新聞)」――とにかく、「説明」が足りない、というわけだ。

しかし、事の本質は、「単に説明が足りているか足りていないか?」ではないと私は思う。そこには、人を巻き込む物語的なアプローチ――「ナラティブ」が圧倒的に欠落しているのだ。政府と国民の意識をこれほどまでに乖離させてしまったのは、「説明不足」ではなく、「ナラティブ不在」なのだ。

近年ビジネスの世界でも注目が集まるナラティブは、「物語的な共創構造」と定義できる。現代社会におけるナラティブの役割は、多くのステークホルダーを魅了し、巻き込み、共体験を生み、行動を促すことだ。

■「なぜ、それをやるのか?」

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