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「疲れが取れない人」が知らない脳疲労の正体 精神科医の僧侶が教える「心を整える」技術

東洋経済オンライン / 2021年9月17日 13時0分

私は、なんとかみなさんに再認識していただくために、入り口は何でもよいと考えています。ですから、「坐禅」ではなく、あえて「マインドフルネス」というなじみのない外来語を使い、クリエイティブな新しいことだと理解してもらうことも悪くない。そう考えて活動しています。

やり方も簡便にして、最初は数分でいいですよともお伝えします。でも、やっていることの源流にあるのは仏教の坐禅ですから、続けるうちに、実は、禅もマインドフルネスも、そして、ヨガも太極拳も、すべて同じマインドフルな行為だったんだとみなさん気づくようになるのです。

■技術革新の時代から、心の時代へ

伝統を伝えるためには、形と心の両方が継承されていかなければなりませんが、形が残って、心が失われるということが、多方面で起きています。相撲も、本当の礼節や様式美に対する心が失われ、「最近の力士は人格から教育しなければならない」という声も聞かれます。

日本の禅や仏教も、「葬式仏教」と揶揄されて久しくなります。その理由には、お寺を維持していく仕組みが、檀家制度に偏っていることがあるでしょう。

かつてのお寺は戸籍を管理する機能と、地域で教育を行う寺子屋の機能を担っていました。しかし、戸籍は役所に、教育は学校に移譲され、とうとうお墓を管理して、決められたお経を読み、儀式をやるという機能が残ったのです。

しかし時代は刻一刻と変化しています。これまでは技術革新の時代でしたが、2020年以降は、心の時代に入っていると私は考えています。お寺の存在も、その「心」が問われる時代を迎えているのではないでしょうか。

本当の心に立ち返ってみたとき、とりわけ現代の若い世代の方々に対しては、禅や仏教の世界のいろいろな言葉よりも、単刀直入に表現した「マインドフルネス」というもののほうが、ブッダが見出した智恵をダイレクトに伝えることができるという側面があるのではないかと、私は考えています。

法事やお葬式などの催事も大切ですが、亡くなった人の魂だけでなく、今を生きる人たちをどう救えるのか。マインドフルネスは、形だけでなく、心を見つめるべきときを迎えた日本の禅や仏教において、本来伝えてきたはずの智恵を再認識させてくれる一助になるのではないかと思います。

(構成:泉美木蘭、後編へ続く)

川野 泰周:臨済宗建長寺派林香寺住職/精神科・心療内科医

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