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江戸時代の庶民「家賃相場」はどれほどだったのか 落語に登場する庶民が住んでいた集合住宅

東洋経済オンライン / 2021年9月25日 16時0分

さらにそれでも足りなくなると、羽村村(東京都羽村市)から水を引く事業が開始された。

わずかな勾配を利用して羽村から四谷大木戸(新宿区)までの約44キロの水路を完成させた。大木戸からは石や木で造った水道管を地中に埋めて江戸城内や麹町(千代田区)、芝(港区)、京橋(中央区)などの町人地に供給した。

水道といっても現在のようにカランから水が出るものではなく、地中に埋めた井戸から竹竿に括り付けた桶で汲み上げる。長屋に設けられた井戸を共同で使用した。

井戸には蓋をして鍵をかけられるようになっている場合もあり、近所の人に意地悪をされ、鍵をかけられて水を汲むことができなかった話も残っている。町人地では1年に1回七夕の日に日頃使用している井戸の掃除が行われたという。

武家地は石高に応じて水道代を支払うシステムであった。町人地は間口一間(約1.8メートル)ごとに月11文(330円)を負担していたが、裏長屋に住んでいる町人たちは、水銀と呼ばれる水道代を直接徴収されず、大家が負担していたようだ。

大石 学:東京学芸大学名誉教授

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