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ほぼ無職の芸人が震災機に「福島移住」した深い訳 ぺんぎんナッツが福島で見た「希望と義理人情」

東洋経済オンライン / 2021年10月10日 12時0分

なぜ無職同然だったぺんぎんナッツが「福島のタレント」として認められたのか? 写真左がボケ担当のいなのこうすけ氏、右がツッコミ担当の中村陽介氏(写真:よしもと住みます芸人47webより)

東京や大阪で成功するだけが人生ではない。それは芸人の世界でも同じだ。都会で売れるという目標を捨て、あえて地方での活躍を目指した「よしもと住みます芸人」たちに密着する本連載。

第1回では、震災後の福島に10年住み、今では県民の多くから愛される「ぺんぎんナッツ」を追った。移住するまで“ほぼ無職同然”だった2人がなぜ縁もゆかりもない土地でレギュラー番組を獲得し、今では「福島のタレント」としての地位を確立できたのか? 執筆者はルポライターの西岡研介氏。

「すっかり遅くなっちゃいましたね」
「さすがにこの時間じゃ、もう待ってくれては……いないよねぇ」
「こりゃ、今晩は野宿ですかね」
「いなのさんは、慣れてるでしょ」

2011年4月27日午後9時過ぎ、福島県郡山市に向かう車内で、「ぺんぎんナッツ」の2人は、こんな軽口を叩き合っていた。

この日、吉本興業東京本部(東京都新宿区)での「出発式」を終えた2人は、知人の車で、郡山を目指していた。その日の夕方には着く予定だったが、途中、いくつかの寄り道が災いし、待ち合わせ場所のJR郡山駅前に着いたころには午後10時を回っていた。

■「福島県住みます芸人」としての再出発

「『住みます芸人』に決まった時に、まずは郡山で家、探さなきゃってなって。僕ら2人とも地元(福島)出身じゃないんで。それで地元の不動産屋さんに『僕たちこういう理由で、福島に住むことになったんです』って連絡したら、『家がない』って」

こう話すのは、ツッコミ担当の中村陽介(39)だ。

当時、郡山では、東日本大震災と、東京電力福島第一原発の事故で大きな被害を受けた、富岡町など双葉郡の住民の多くが、避難生活を送っていた。また、被災者のための「民間借り上げ住宅」の影響もあり、市内の賃貸住宅の供給が逼迫していた。

「けど、その不動産屋さんの人がめちゃいい人で。『そういう事情で、福島に住んでくれるのなら、なんとか探します』って、震災で半壊したお店だったんですけど、探してきてくれて。家賃もめちゃ安くしてくれて」

中村の回想を、相方で、ボケ担当のいなのこうすけ(42)が引き取る。

「その鍵渡しの日が、『出発式』の当日だったんです。郡山駅に着いた時にはもう(午後)10時過ぎてて。不動産屋さんもさすがに待ってくれてはないだろうと諦めてたら、待ってくれていて。家に案内してくれて、『頑張って下さい』って励まされて……。いやいや、僕ら『お笑い』しかできませんからって」

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