1. トップ
  2. 新着ニュース
  3. 経済
  4. ビジネス

ラーメン好きな人も知らない「味の地域性」の深奥 名店の追随だけでなく転勤者の文化もあった

東洋経済オンライン / 2021年10月23日 13時0分

(1) ご当地由来(人気店追随)型

「各地域には元祖と呼ばれる店があり、それを模倣する形で店が増えて地域文化となっていきました。ただ、ご当地ラーメンには10年や20年の歴史が必要です」(大崎さん)

最も有名なのは、やはりとんこつラーメンだ。ラーメン通には知られた話だが、発祥地は博多(福岡県福岡市)ではなく同じ県の久留米市だ。「南京千両」(1937年創業)が元祖で、その後に屋台発祥の「三九」の味が評判となり広まったと言われる。

それがなぜ、一般イメージではとんこつラーメン=博多になったのか。

「情報発信力の差が大きいでしょう。福岡市は県庁所在地で現在の人口は約150万人。昭和時代に九州の玄関口・博多駅が東京・大阪と新幹線でつながり、平成初期に開業した地下鉄福岡空港駅から博多駅までの交通の便もよい。人口も30万人規模で博多からも距離がある久留米市とは段違いの発信力だったのです」

また、福島県の喜多方ラーメンの元祖は「源来軒」(1927年創業)で、その後「満古登(まこと)食堂」「坂内(ばんない)食堂」の味が広まった。人口規模に比べて喜多方市のラーメン店数は非常に多い。

■昭和最強チェーンは「町中華」として健在 

(2) チェーン店由来型

チェーン店由来の文化もあった。現在の二大チェーンとして名前が挙がる「幸楽苑」(本社・福島県郡山市)、「日高屋」(埼玉県さいたま市)は店舗数が400店規模だ。700店以上の店舗数がある「餃子の王将」(京都府京都市)は定食のイメージも強い。

昭和時代には最強チェーンがあり、各地のラーメン文化に大きな影響を与えた。

「どさん子ラーメン」だ。最盛期には1157店(記録に残る店舗数値)もあったという。一般に外食チェーン店が1000店を超えると全国各地で目にするので、かなりの存在感だ。

「どさん子ラーメン」は現在も残り、町中華として親しまれているが運営会社が変わっており、ここでは往時の店の横顔を紹介したい。

「当時、まだ全国的にはなじみが薄かった味噌ラーメンを各地に紹介した立役者です。人気にあやかり『どさん娘』や『どさん子大将』と名づけた別のチェーン店もあり、それらを含めると2000店規模に達したのではないでしょうか」(大崎さん)

今でも観光地として大人気の北海道だが、昭和40年代、50年代には一大旅行ブームがあった。例えば、当地名物の木彫りの熊や三角ペナントをお土産に買う人も多かった。それとともに札幌の味噌ラーメンやとんこつベースの味も伝わっていった。

この記事に関連するニュース

トピックスRSS

ランキング