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台湾の国会議員はなぜ「学生スパイ」だったのか 「ハッピーエンド」だけではない台湾の民主化の軌跡

東洋経済オンライン / 2021年11月24日 9時0分

台湾を統治した蒋介石の顕彰施設である中正紀年堂。彼の時代は、跡を継いだ息子の蒋経国・元総統ともに権威主義体制の下、「白色テロ」が横行した時代でもあった(写真・trikehawks /PIXTA)

2021年10月16日、台湾最大の発行部数を誇る自由時報紙が、独占スクープとして、与党民主進歩党(民進党)の立法委員(国会議員)の黄国書氏が、戒厳令下の学生時代に当局から依頼され、キャンパスの内外で監視活動を行う「プロ学生」だったと報じた。黄氏自身もこれを認め、民進党を離党し立法院党団(議員団)から離れることを表明。任期満了後は再選を目指さず、そのまま政界から引退すると発表した。

黄氏が自身のソーシャルメディア(SNS)で明かした理由として、20代前半のある日、なぜか当局の情報部門に目を付けられ呼び出され、「政治犯」とやり取りすることで、後々面倒なことになると伝えられた。政治犯や学生運動家に対し、当局はよりいっそう取り締まりを強化する可能性があるので、「可能なら」彼らの情報を提供してほしい。代わりに自身の安全とともに、友人らの安全も確保すると伝えられ、周囲の安全を思い情報提供者になったと明かしている。

■スパイを学内に配置したかつての台湾社会

黄氏は1964年生まれの57歳。彼の20代は「世界最長」とも言われる戒厳令が解除される時期に相当し、中華民国政府が台湾に移ってから勃発した大規模民主化学生運動の3月学運(野百合学生運動)が起きた時期に当たる。現在の与党内所属の政治家で、立法委員の范雲氏、前交通部長(国交相)で台中市長を歴任した林佳龍氏、桃園市長の鄭文燦氏などは当時の主要メンバーで、現在の台湾政治の中堅層をなす。黄氏は台北芸術大学在学中にこれら学生運動家と交流を持ち、政界へと進出していったのだった。

このニュースがもたらした衝撃は黄氏周辺だけにとどまらず、元民進党主席の施明徳氏が初代主席の江鵬堅氏もスパイだったと語るなど、波紋は内外で広がっている。次にスパイだと暴露されるのは誰なのか、そんな不穏な空気が流れているのだ。

そもそも、スパイ学生を配置する社会とはどのようなものだったのか。

筆者は1990年代初めに現地の学校に通っていたが、学校には軍人がいた。軍事教練の授業を担当するとともに、生徒の生活指導や校内の安全も管理していた。階級は少尉から大佐、大学では少将までいた。

ある生徒が学校内で何かのトラブルに見舞われたとする。日本では担任の教師が窓口となって対処するが、台湾では違う。これら軍人の教官が窓口になって対処するのだ。担任教師はサポートするが、メインではない。教師にとっては生活指導をしなくていいので負担が減り、生徒にとっては社会的にも怖い存在が直接指導することになるので、一見トラブルが少なく学級崩壊など無縁な気がしないでもない。しかし、学校の生活指導現場に官憲を介入させることは、未成年者をいきなり法によって裁くことに等しく、民主社会における教育スタイルではない。

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