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脱サラし月面探査車開発「NASA」の目にとまった訳 きっかけは直接送った探査車の「YouTube」動画

東洋経済オンライン / 2022年1月23日 14時0分

民間企業として世界初の月面探査に挑む中島さん(左)と、NASAアジア担当代表のガーヴィー・マッキントッシュ氏。2021年9月、サンシャインシティで行ったイベントに来場時に撮影(写真:ダイモン)

宇宙ビジネスが活況を帯びる中、今年、民間企業として世界初の月面探査に挑むのがロボット・宇宙開発ベンチャーのダイモン(東京都大田区)だ。月面探査車「YAOKI(ヤオキ)」を開発したのは社長の中島紳一郎さん(55)。

もともとは駆動開発の技術者として、自動車関連会社で働いていた。中島さんが会社を辞めて独立すると決めたのは2011年、東日本大震災が起きたまさにその日。紆余曲折しながら10年かけてたどり着いた宇宙への軌跡をたどる。

■アウディ・クワトロを発明して

中島さんは大学の工学部で駆動開発を学んだ後、自動車関連企業に就職。しかし数年後、セミプロとして続けていたスキーで大けがをして長期休暇を余儀なくされた。職場復帰にあたって打診されたのは、ベルギーの工場への出向。徐々に人員整理をし、いずれは閉鎖も視野に入っているような工場だった。

「会社の方針としては閉鎖するほうが合理的という判断だったが、立て直せるチャンスや兆しは見えていた」。会社からの指示ではないが、中島さんは「何か新しいものを開発しよう」と現地スタッフを鼓舞し、日中の勤務を終えた後、夜な夜な新製品開発にいそしんだ。

こうして生まれたのがフルタイム4WDシステム「アウディ・クワトロ」。オフロード走行用にパートタイムで使われていた四輪駆動システムを、どのような路面下でもフルタイムで使えるようにした画期的な発明で、自動車業界に大きな衝撃を与えた。

結果、翌年にはなくなるかもしれない、と言われていた工場は見事に息を吹き返した。復活劇の中心にいた中島さんにとって、「その景色はすさまじかった」。会社員時代で最も忘れられない出来事だ。

一方、会社はドイツの自動車部品世界最大手・ボッシュの子会社となっていた。40代になって帰国すると、今度は所属する駆動開発部門が豊田工機に買収された。さらに合併があり、ジェイテクトという会社に変わった。

駆動開発一筋の会社員人生なのに、所属する組織は次々に変わっていく。その中で中島さんは管理職の立場になり、組織で新しいものを生み出すために何をどうマネジメントすれば良いのか、考えることも増えていた。

当時、自動車業界は性能面では十分な水準に達していて、低価格や燃費向上といった方面に開発の重点が置かれるようになっていた。「開発の方向性がガラッと変わった。この業界で今後、自分が果たせる役割はあるのだろうか」。自分の力では、どうしようもできないことに悶々と悩んでいる気がした。

■東日本大震災の日に退社を決めた

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