1. トップ
  2. 新着ニュース
  3. 社会
  4. 社会

「脱アメリカ依存」進める湾岸諸国の巧みな交渉術 多極化する世界で「存在感」が増している

東洋経済オンライン / 2023年11月2日 7時30分

インドを国賓訪問したサウジアラビアの皇太子。サウジを含む中東4カ国は今年8月、BRICSへの加盟が決まった(写真:Bloomberg)

アメリカによる中東への関与が薄れる中、湾岸諸国の生存戦略は変貌を遂げている。日本エネルギー経済研究所中東研究センターの堀拔功二・主任研究員にその背景を聞いた。

湾岸諸国が「アメリカ離れ」する必然

――イスラエルとハマスの軍事衝突をめぐっては、アメリカが中東地域への影響力を失っていることが背景にあるとされます。サウジアラビアをはじめとする湾岸諸国にとって、近年アメリカの中東に対する外交姿勢は、どのように映っているのでしょうか?

【図表でわかる】アメリカと湾岸諸国の間に距離が生まれている 「アラブの春」以降の周辺情勢

1979年のイラン革命以降、アメリカは湾岸諸国におけるイランやイラクとの政治的・軍事的な均衡をとるバランサーとしての役割を発揮してきた。

2001年の9・11アメリカ同時多発テロやその後のアフガン、イラク戦争でアメリカの介入が強まり両者の緊張感は高まったものの、湾岸諸国にとってアメリカは、基本的に自らの君主体制を守ってくれるパートナーと位置づけられている。アメリカにとっても湾岸諸国は、イランの核抑止やエネルギー安全保障を強化するための重要なパートナーだ。

しかし近年、湾岸諸国の「アメリカ離れ」が進んでいる。きっかけは、オバマ政権(当時)が掲げた「アジア・ピボット(回帰戦略)」だ。

オバマ氏は軍事・経済的に台頭してきた中国を念頭に、中東における軍事プレゼンスを縮小し、東アジア情勢への対応に力を入れようとした。直前の2011年初頭に起きた「アラブの春」と呼ばれる中東・北アフリカ地域の民主化運動は、結果的にイランの影響力が強いシリアでの内戦や軍の権力強化を招いたが、オバマ氏は当時これを楽観視していた。

そのため、2015年に結ばれたイラン核合意とその後の対イラン制裁の解除は、湾岸諸国にとって新たな不安を与えた。実際、この頃からイランと湾岸諸国の緊張は急激に高まった。オバマ政権の中東政策を否定していたトランプ政権(当時)も、取り組みは不十分だった。

トランプ氏は、イランに対して「最大限の圧力」をかけるとしていたにもかかわらず、2019年にサウジアラビアの石油施設やホルムズ海峡でタンカーが攻撃された際、イランへの報復を躊躇している。

湾岸諸国の不安を現実化させたのが、バイデン政権だ。2021年にアメリカ軍はアフガニスタンから撤退したが、その後過激派組織タリバンが政権を奪取して同国は混乱に陥った。2022年1月に起こったイエメンの武装勢力フーシー派によるアラブ首長国連邦(UAE)の首都アブダビへの攻撃の際も、バイデン政権の反応は鈍かった。この攻撃は後に「UAEの9・11」と同国政府関係者が呼ぶほどの衝撃的な事件だった。

この記事に関連するニュース

トピックスRSS

ランキング

記事ミッション中・・・

10秒滞在

記事を最後まで読む

記事ミッション中・・・

10秒滞在

記事を最後まで読む

デイリー: 参加する
ウィークリー: 参加する
マンスリー: 参加する
10秒滞在

記事を最後まで読む

次の記事を探す

エラーが発生しました

ページを再読み込みして
ください