1. トップ
  2. 新着ニュース
  3. ライフ
  4. ライフ総合

樹木希林さんに寄り添ったセラピストが語る人生 「私が私でいるために、あなたにそばにいてほしい」

東洋経済オンライン / 2023年11月11日 11時0分

志村季世恵●

志村季世恵●バースセラピスト/一般社団法人「ダイアローグ・ジャパン・ソサエティ」代表理事。

人は誰もが平等に死を迎える。その時はいつ訪れるのかはわからないけれど、それまで何ができるのか、自分なりの花を何度咲かせることができるのか考えたことはあるだろうか?

多くの人の命の最期に寄り添ってきた、バースセラピスト・志村季世恵さんの人生と経験哲学から、人が死ぬまでにできることについて考えます。

志村季世恵さんは、日本でただ1人のバースセラピストだ。

【写真】バースセラピスト・志村季世恵さんの著作

心にトラブルを抱える人や、子どもや育児に苦しみを抱える女性をカウンセリング。また末期がんなど不治の病を患う方の心の苦痛をやわらげるターミナルケアを担当、独自の手法をもって家族や本人に寄り添ってきた。女優・樹木希林さんからも指名を受けて、最後の十余年を並走したセラピストとしても知られている。

「バースセラピストという呼称は、私自身が名付けたものです。ご縁があってターミナルケアに携わるようになりましたが、さまざまな方と最期の時間を共にして、死ぬことは終わりじゃないなと思うようになりました。死とは、もう一度、生まれ変わる機会です。人は死ぬまで変化も成長もするし、何かを生み出し続けている。だから、BIRTH(生まれる)なんです」

バースセラピストに導かれるまで

ターミナルケアの依頼が舞い込むようになったのは、人生を歩む最中にあった、いくつかの偶然の出会いの積み重ねからだった。

志村季世恵さんは、1962年、東京都に生まれた。祖母、父親と父親の前妻との間に生まれた兄と2人の姉、母親と妹と季世恵さんという8人の大家族だった。

「子どもの頃から波乱の多い家でした。定期的に家族の誰かが大きな病にかかったり。身近な人たちの生や死にも早くからたくさん立ち会ってきました。

「3歳で大好きだった伯父が突然亡くなり死というものを知りました。当時父も大病を患っていたのでお父さんも伯父さんのようにいなくなってしまうかもしれないという不安がつきまといました。一方で誕生もあったのです。姉とは歳が離れていたので、小学校1年の頃には姪が誕生して、私は7歳で叔母さんになりました。とてもうれしかったのを覚えています。命は突然消えたり、やってきたりする。幼いうちから、人の生も死もコントロールできないものなのだと気付かされました。

さらには、多くの家庭とは異なる家族の形態でしたし、家族間では、ほかにも大きな出来事が定期的に起こっていて。両親からの愛は受けていても、精神的につらいことは多々つねにあった。不幸と幸せはつねに混在していることも学びました」

どう生きるのも、どう死ぬのも自由なのに

この記事に関連するニュース

トピックスRSS

ランキング

複数ページをまたぐ記事です

記事の最終ページでミッション達成してください