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「土佐日記」非日常的な不思議さに隠れた真実 「言葉のルールを破りまくった」紀貫之の目的

東洋経済オンライン / 2023年12月3日 8時0分

【イザ流圧倒的意訳】
このように美しい景色を眺めながら漕いでいくうちに、山も海もすっかり暮れて、夜が更けて、西も東もわからず、天候のことは楫取に任せるしかあるまい。慣れていない男にとっても船旅は本当にきついが、女である私たちはもっともっと心細く感じる。船底に頭を押し付けて、声をあげて泣くばかりです。

暗闇に包まれた船がゆらりと進んでゆく。地上であれば、前国司や彼に仕えている人々は身分の低い船乗りを偉そうな態度でこき使うに違いない。

しかし、いざ海に出てしまうと、立場が逆転して、楫取りが彼らや彼女らの運命を握ることになる。しかも、女は泣いて、男は不安が募るといった切羽詰まった状況にもかかわらず、楫取や水夫たちは歌を歌ったりして、呑気なものでる。空気をまったく読めていないというか、珍しく優位に立ってかなり楽しんでいるご様子。

社会的立場を失った前国司たちは、夜間の航海は特につらく、方向感覚まで奪い取られている。上記した九日の記事のなかにも「西東も見えずして」とあったが、あたり一面に広がる海に囲まれている一行は、しかるべき方向に進んでいるのかどうかすら確信が持てない。はたして都にたどり着けるのだろうか……と読みながらこちらまでハラハラしてしまう。

十一日の記事にも恐怖感を覚える旅人たちの姿が綴られている。

十一日、曉に船を出して室津をおふ。人皆まだねたれば海のありやうも見えず、唯月を見てぞ西東をば知りける。

【イザ流圧倒的意訳】
十一日、まだ夜が明けないうちに船を出して、室津へと向かう。みんな寝ているし、暗くて海の様子が判別できない。ただ月を見て、西東がやっとわかったところだ。

長く続く船旅の唯一の救いは、微かな月の明かりだが、旅人がさまよう幻想的な世界において、それもよく雲に覆われて、海と区別がつかない空がどんよりとしているばかりだ。目を凝らしても海の状況すら判別できず、どれほど心細かったか想像がつく。

オヤジギャクや言葉遊びが連発される『土佐日記』

このように『土佐日記』のなかで、おじさんは女房の真似をして、子供たちは大人のように振る舞い、身分の低い人たちは権力を握るし、前国司をはじめとする一行は時間の経過も季節の移り変わりも感じられない非日常的な空間に放り出されている。そこでやはり、気になって仕方がない。紀貫之はなぜそこまでして常識に反した世界観を作り出そうとしていたのか、と。

オヤジギャクや言葉遊びが連発されている『土佐日記』だが、天候のことや旅の行程、京都への憧れなどが綴られているうちに、最も印象的なのは、土佐で急死した前国司、つまり作者である紀貫之本人の娘に対する哀切な追懐なのかもしれない。そのテーマは最初のほうに持ち出されており、作品全体を貫く主題の1つとなっている。

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