「バウムクーヘン界隈」が盛り上がっている背景 老舗ユーハイムが「博覧会」の旗振り役も
東洋経済オンライン / 2024年2月21日 12時0分
バウムクーヘンと言えば、百貨店や街のケーキ屋やパン屋、コンビニまでさまざまなところで売られている日本ではおなじみのお菓子だろう。カヌレやマリトッツォなどさまざまなスイーツが台頭する中で、定番の地位を築いてきたバウムクーヘンだが、ここへきて静かな熱狂が起きている。
全国で開催される「バウムクーヘン博覧会」
1月下旬の週末、東京・池袋の東武百貨店は多くの人で混み合っていた。お目当ては「バウムクーヘン博覧会」だ。6日間にわたって開かれた博覧会では、47都道府県の196ブランド、約300種類のバウムクーヘンを展示販売。
クラシックなタイプからチョコやイチゴ味、ハードタイプ、ソフトタイプ、インスタ映えするものなど、多種多様なバウムクーヘンが並ぶ。会場を歩く人から、「バウムクーヘンって、こんなに種類があるんだね!」「どれを選ぼうか迷っちゃう」といった声も上がる。
筆者が訪れた28日には、売り切れが続出していた。各地から出店した18のブースで、行列ができたところもあり、出店者が「店舗を休業して焼きに帰らないと、もう商品がない」とうれしい悲鳴を上げるケースも。
テレビ取材が入ったこともあり、主催者の予想を16%も上回る売れ行きで終了。今後も2月末から4月にかけて、神戸阪急、そごう広島、大丸札幌などで開催が予定されている。
この博覧会を仕掛けているのが、ユーハイムだ。2016年のそごう神戸(現神戸阪急)を皮切りに、各地の百貨店で累計27回(1月末時点)も開催されてきた。
同社の企画開発部の藤本浩二課長によると、発端は創業者のカール・ユーハイム氏が日本で初めてバウムクーヘンを焼いて、2019年が100周年になることだった。
もともと日本に捕虜として連れてこられたユーハイム氏は日本での永住を決意し、1922年には横浜に1号店を、翌年には関東大震災で店が倒壊し、
戦後、ユーハイム氏亡き後も、高度経済成長期の大量生産の時流に合わせ、全国へ進出。1955年にそごう神戸に出店すると、1957年に銀座の路面店、1960年に名古屋の名鉄百貨店など、全国の都市へ店を広げていく。
実はバウムクーヘンを売る店は結構ある
日本におけるバウムクーヘンの普及を担ってきた同社だが、100周年のタイミングでそごう神戸と「何か楽しいことはできないか」と考えて出てきたアイデアが博覧会だった。
当初はユーハイム社内ですら、「バウムクーヘンだけでは無理」という声が上がった。他社商品をユーハイムが買い上げて20種類ほど用意し、トークイベントなど参加型コンテンツも入れて開催。すると、「予想以上の反響があって、継続が決まりました」(藤本課長)。
藤本課長がネットやSNS、グルメサイトで調べたところ、日本には500店ものバウムクーヘンを提供している店があるという。各店には電話やメール、SNSでのDMでコンタクトをとる。
「参加希望の確率は半々です。辞退されるのは、会場に供給できる量を作れない、百貨店さんの取引基準を満たせない、興味がないといった理由です」(藤本課長)。当初はユーハイムの信用が頼りだったが、開催地が横浜や名古屋など関西以外に広がると、視察に訪れる人の増加に伴って、参加希望者も増えてきた。
創業115年を迎える老舗企業のユーハイムだが、このほかにもさまざまなことに取り組んでいる。
2020年には、バウムクーヘンをコーティングするチョコレートからレシチンを抜くことに成功し、ほぼ食品添加物不使用に切り替えて「純正自然」を掲げた。他のギフト商品でもその後、2023年に「無添菓」宣言を行った。無添加の打ち出しは近年、大量生産の食品でも流行しているが、実はユーハイム、1969年から「純正自然」のビジョンを出している。
その方針は創業者の妻、エリーゼ・ユーハイム氏が、親が子供に食べさせたい食品を作りたい、と主張したことがもとになっている。ドイツでは、食品添加物不使用がバウムクーヘンを名乗る条件である。
職人がつきっきりで焼く方法を導入
ユーハイムでは百貨店など全国で出店を増やしていく過程で、量産のために導入した機械に合わせ、食品添加物も加えていたが、製品作りがラクになってしまうため、職人の技術向上とよりよいモノを作る創業時の精神が失われるリスクが出てきた。そこで、純正自然を掲げて本体には食品添加物を入れず、職人がつきっきりで焼く方法を導入した。
「生地への熱の伝わり方が均一になるよう、ときどき混ぜます。卵白の気泡力で膨らませるため、気泡ができると層が剥落するリスクがあるので、見つけたらつぶします」と藤本課長は説明する。2022年時点で、兵庫・滋賀・愛知・千葉・福岡・札幌の6つの工場で合計68人の工場勤務者が、手作業による管理を含めて働いている。
2020年には、バウムクーヘン専用AIオーブン「THEO(テオ)」を開発。これは、ドイツの菓子店で修業してマイスターの称号を持っている5人の職人のうち、50年以上の経験を持つ職人の技術をAIが学習し、無人で職人と同等レベルのバウムクーヘンを焼き上げることができるオーブンだ。
発案者は、同社の河本英雄社長だった。河本社長が知人に連れられて南アフリカ共和国のスラム街に行った際、そこで暮らす子供たちにバウムクーヘンを食べさせたい、と考えた。紆余曲折の末、ロボット工学の研究者に参画してもらい、職人の技術をデータ化しAIロボットに学習させたのである。
ユーハイムでもテオを導入すれば、職人が不要になるのではないかと聞いたところ、規模が小さいので量産はできないと返された。
南アフリカへはまだ届けていないが、希望する企業・店がロイヤルティを支払う形でテオを提供。現在、全国各地の16店がテオを導入し、それぞれのレシピで約30センチのバウムクーヘンを、サイズにもよるが千数百円程度の価格で販売している。
2021年3月には、名古屋支店の移転に際し、1階をフードホール、2階をシェアオフィスなどとして提供する「バウムハウス」を開業。テオの実演販売も行っている。テオでフードテックの世界に足を踏み入れたこともあり、出遅れる日本のフードテックのスタートアップ企業を支援する試みも始めた。
実はドイツではあまり食べられていない
100周年を機にリブランディングを行い、バウムクーヘン以外のクッキーやパイなどの販売拡大にもさらに注力している。同社におけるバウムクーヘンの売り上げ比率は、2022年時点で47%に上っている。
次々と新しい事業や企画を起こす発案者は、主に河本社長だ。バウムクーヘン博覧会も河本社長の発案。バウムクーヘン博覧会やテオの開発で得た情報や技術を元に、同社の次なる可能性の模索はすでに始まっている。
実はドイツ本国では、バウムクーヘンの定義が厳密過ぎたこともあり、あまり食べられなくなってしまっている。一方、日本では行列ができる店があったり、博覧会が開かれたりと、人気が定着しているだけでなく、さらなる進化を遂げようともしている。その背景には業界をネットワーク化し、博覧会の旗振り役になっているユーハイムの存在がある。
前述の通り同社は横浜で開業し、震災で被災して神戸に移転したが、第二次世界大戦による生活苦がきっかけで、ユーハイム氏は終戦を待たずして59歳で亡くなった。過酷な時代を生き抜いた会社が掲げるのは、お菓子で世界を平和にすること。その精神が、自社の利益だけにとどまらず、業界を盛り上げる原動力かもしれない。
阿古 真理:作家・生活史研究家
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