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69歳母を看取った兄弟が知った「寡黙な父」の本心 懺悔するような父に寄り添った看取り士の支え

東洋経済オンライン / 2024年2月23日 14時0分

問わず語りに父親がぽそっと漏らした。

そんな両親からは視線を外して拓也は稲熊に話した。

寡黙な父親の抱擁と懺悔と回想の時間

「自分たち兄弟は子供の頃、本当に出来が悪かったんですが、母に勉強ができないことで怒られたことは一度もありません。父に通信簿を見せると僕たちが怒られるからと、父には見せずにいてくれて、本当にいつもやさしい母でした」

すると父親は母親を抱きながら、「本当におれは一度も見せてもらえんかった」と言い、表情をゆるめてみせた。

その後、兄弟が席を外して、稲熊と2人になると、父親はこう切り出した。

「息子たちに言ったことはないが……、息子たちは本当に母親にやさしいけど、おれはこいつにそんなにやさしいばかりではいられんかった。だから、きっとおれのことを恨んでると思う……」

最後は小さな声で懺悔(ざんげ)するかのようだった。だから、その体に触れることをためらっていたのか、と稲熊は察した。

拓也が看取り士に依頼したいと言い出した際も、お前たちがやりたいようにすればいいとすぐに容認したのも、母親と息子たちの絆をよく知っていたからだったのだろう。

「終わりよければすべてよし。(ご主人に)抱きしめてもらって、息子さんやお孫さんたちに囲まれるなんて。こんな幸せな最期はないじゃないですか。奥様はもうすべてを許してくださっていますし、きっとご主人にも『ありがとう』っていわれています。毎日が仲良しの夫婦なんていませんよ」

稲熊の言葉に父親は顔をゆるめ、慣れない抱擁の緊張感もとけたらしく、母親に楽しかった思い出をぽつぽつと語り始めた。

日本看取り士会の柴田久美子会長は、旅立った本人と家族が過ごすときを「仲良し時間」と呼ぶ。自分たちが元気で輝いていた頃の思い出を共有し合う場になるからだ。

一方、家族の軌跡には、恨みつらみなど負の感情や思い出がからんでいることも多い。

「ですから、それらの否定的なものまでを互いに許し合う『和解の時間』でもあります。奥様を抱きしめようとされないお父様に、稲熊が何度も声がけをさせていただき、その時間を無事に完成させることができたのではないでしょうか」(柴田会長)

父親と兄弟をつなぎ直すという役割

「まだ元気とは言えませんが、思っていたよりは大丈夫です」

母親の葬儀から約1カ月後、拓也は稲熊に会いに来て伝えた。

「あれから実家で4日間、母と一緒に過ごしたんですが、日々何かにつけて母に触れては、少しずつ冷たくなっていくことを確かめながら、その死を家族それぞれが受け入れることができたような気がします」(拓也)

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