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LRTか、それともバスか?中国製「ART」とは何者か レールなし、路面の白線マーカーに沿い走行

東洋経済オンライン / 2024年2月24日 6時30分

一見すると路面電車のように見えるART。線路はなく道路上の白線マーカーに沿って走る(写真:Ernest Wong)

2月1日から4日にかけて、マレーシアの首都クアラルンプール近郊、プトラジャヤ地区にて中国中車(CRRC)株洲が開発を進めている「ART(Autonomous Rapid Transit)」の、東南アジアで初となる一般向け試乗会が開かれた。

【写真】 見た目はLRTだが車輪はゴムタイヤ・・・中国中車(CRCC)株洲が開発したART(Autonomous Rapid Transit)とは?

日本ではまだほとんど知られていないART。見た目はLRTだが車輪はゴムタイヤで、さらに運転台には丸いハンドルまで付いている。車体も3連接で、最大5連接にまで伸ばせるというから驚きだ。

LRT並みの輸送力で低コスト

進路の制御は、ART専用に設置した道路上の白線マーカーを光学式センサーが読み取り、これに沿って走行する。丸いハンドル(ステアリングホイール)も設置しているが、これは搬入時や非常時、また車庫等での入れ換えなどの際に機動性を確保するためである。今回の試乗会も、ハンドルを使用したマニュアル運転となった。

動力はバッテリー駆動だ。ただ、各国のバッテリー式LRTで見られる充電用のパンタグラフはなく、車体側面に急速充電用のソケットがある。そういった点ではLRTではなくEVバスに分類されそうだ。実際に、車体前面にはナンバープレート設置用の枠がある。

CRRCはART開発の理由について、LRT並みの輸送力を保ちつつ、整備費用を大幅に削減できることを掲げている。ゴムタイヤ式のため加減速に優れ勾配にも強い。その反面、鉄車輪方式に比べてエネルギー効率は悪い。定員は一般的な連接バスの約2倍となる239名(3連接車体の場合)で、設計最高速度は時速70kmだ。

路線バスと普通鉄道の間に位置づけられる輸送システムは、主にBRT、またLRTとして世界の国々で確立している。世界のBRTは、日本のそれと異なり、一般車線から完全に分離されていることがほとんどだ。バス停は道路中央に「駅」として存在し、車内での料金支払いがないため、連接バスで一度に多くの乗客を運べて時間のロスがない。

ただ、あくまで一般車線とセパレーターで区切られた専用レーンを走るだけで、運行システム上は限りなく一般のバスに近い。よって整備費用が安価なため、先進国、途上国問わず多くの都市で導入、また導入計画がある。しかし、これより鉄道システムに近いガイドウェイ方式(走行路の側面にあるガイドに沿って走行する)は、専用軌道を最高時速100kmで走るOバーン(オーストラリア・アデレード)が知られているものの、採用例はあまり多くない。日本でも、名古屋のゆとりーとラインで採用されただけである。

ゴムタイヤ式LRT、試行錯誤の歴史

ARTはLRTをバスに近づけた存在と呼べそうだが、ゴムタイヤで走るLRT自体は以前から存在し、1990年代から2000年代初めにかけてボンバルディアが「GLT(Guided Light Transit)」、フランスのロールが「トランスロール」として開発、実用化している。前者は運転台にハンドルを設置しているが、どちらのシステムも走行路の中央に設置した1本のガイドレールに従って走る仕組みである。

低コストで整備できるLRTを目指したこれらのシステムだが、採用例は少なく、特殊仕様の域を出ることはないままで、スペアパーツの供給などメンテナンスコストが高騰した。また、ゴムタイヤ走行による轍が道路上に発生するなどして、乗り心地が悪化した。

結局目立ったコスト削減効果は表れず、ほとんどが通常の鉄車輪式のLRTやトロリーバスなどに置き換えられ、GLTはすでに全廃された。両システムを開発したボンバルディア、ロールはともにアルストムに買収され、トランスロールの技術は同社に引き継がれている。

ARTを開発した中国でも、2007年に天津、2010年に上海でトランスロールのゴムタイヤ式LRTを導入したが、いずれも上記の理由で2023年に廃止された。

CRRCグループ各社は、ボンバルディア、アルストム、シーメンスなどヨーロッパの大手車両メーカーと技術提携しており、これらのゴムタイヤ式LRT導入も、技術を自国に取り込む意図があったのではと思われる。

だが、中国におけるEVや自動運転技術の急速な発展により、トランスロールのようにガイドレールを使う高コストなシステムにこだわる必要はないと判断されたとしてもおかしくないだろう。CRRC株洲はシーメンスとのライセンス契約により鉄車輪式のLRTを製造しており、同社がゴムタイヤ式LRTのような交通機関であるARTを開発したのは自然な成り行きと言えるかもしれない。

ARTは2018年以降、中国国内では株洲市、西安市、上海市など6都市で運行中、または現在試験運行中である。海外展開も進めており、マレーシアのジョホールバル(2021年から)、クチン(2023年から)、プトラジャヤ(2024年から)、オーストラリアのパース(2023年から)で導入に向け、実車を用いた試運転を実施している。

また、アラブ首長国連邦のアブダビでは、3編成を用いた一般旅客も乗車可能な試験運行が2023年10月からスタートした。ただし、白線マーカー未設置のマニュアル運転で、自動車用ナンバープレートを付けての運転だ。

導入は「温暖な人工的都市」

試運転はいずれも、人口集中が穏やか、かつ人工的で整然とした近代的都市計画に成功している地域が選定されていることがわかる。また、温暖な地域というのも1つのポイントだろう。降雪地区では白線の読み取りができず、スリップなどの恐れもあるため、ARTは導入できないためだ。

2018年にはインドネシア鉄道(KAI)とも導入に関わる協力覚書を結んだ。KAIの廃線跡も活かしつつ、バンドン、スラバヤ、マランなどの地方都市やバリ島に導入する計画が持ち上がったが、道路環境の悪さなどの理由で具体化には至っていない。

それでも引き続き導入に向けた調査検討が進められ、法的な部分もクリアし、最終報告書が運輸省に提出された。2020年に協力覚書は延長された。そして2024年、運輸省は現在建設中の新首都・ヌサンタラへの導入意向を示し、運輸大臣が中国で試乗もしている。道路環境がよく、人口が少ない新首都への導入は容易だろう。

現在、開業に向けて最も具体化が進んでいるのはマレーシア、サラワク州クチンの「クチン・アーバン・トランスポート・システム(KUTS)」プロジェクトだ。クチンは同州の州都であるが、人口は約33万人、人口密度は300人/平方キロメートルを超える程度で、一般的な路線バスで十分輸送を賄える都市規模である。軌道系交通の導入が計画されること自体に驚きを隠せないが、だからこそARTが採用されたとも言える。

2018年に同プロジェクトは中国によるLRT方式での整備を前提に構想されたが、高額なコストを理由に実現には至らず、翌2019年にART方式での建設が決定した。KUTSの運営主体となるサラワクメトロは、LRT方式に比べ、3分の1のコストで整備が可能であると発表している。

KUTSはスマートシティ構想の一環であるとしており、ART停留所からはフィーダー交通として自動運転バスも導入し、全ての人がARTにアクセスできるようにするという。しかも、このARTは、他都市で導入されているタイプとは異なり、水素を動力源とする全く新しい車両になっている。東南アジア初のサステナブルシティを目指す構えだが、都市開発全体を中国が売り込んでいるという背景もある。

サラワク州はKUTSプロジェクトを総額60億リンギット(約1884億円)と見積もり、ナジブ首相の提唱で設立されたサラワク開発銀行を経由し融資され、公共事業として実施される。計70kmにも及ぶフェーズ1区間のうち、クチン市中心部と隣接するサマラハン市を結ぶブルーライン(27.6km)と、クチン市中心部と空港方面を結ぶレッドライン(12.3km)の路線、車両基地建設や車両、信号システムなどの調達について、2023年末までに業者選定を済ませ着工している。

技術はユニークだが法的課題も

いずれもマレーシア企業と中国企業のJVが落札しており、車両は当然、CRRC株洲が納入することになるが、書類上はマレーシアの民間投資会社ECCAZとCRRC子会社の合弁会社Mobilusが受注している。このパッケージには水素式ART車両38編成、信号システム一式、ホームドア、車両基地設計などが含まれており、契約額は14億2500万リンギット(約447億6200万円)だ。

ART自体がCRRCとMobilusの共同開発であるとも説明されており、公式ページにはMobilusは今後、マレーシアのみならず、近隣諸国への営業を強化すると記載されている。KUTSのARTは、高速道路や高規格道路の一部を専用レーンとして自律走行し、交通量の多い交差点は立体交差、一部区間には高架駅も設けられる。道路信号に従って進む区間では、ART優先信号が導入される。

車両は1編成がプロトタイプとして2023年8月に到着、試運転が続けられており、2025年末までに先行区間の開業を目指している。クチンが中国国外で初のART営業区間となる可能性が高い。政治的意図はあるとは言え、ART技術は注目に値するだろう。

一方で、課題も多いとマレーシアの運輸関係者は指摘する。まずは法令上の問題で、鉄道車両なのかバスなのかをはっきりさせないと一般運行は難しいのではないかという点である。白線マーカーから逸脱して接触事故などが起きたときの責任範囲も現状では不明で、新たな法律を作るか、法規制の緩い国や地域での導入に限られるのではないかということだ。プトラジャヤではイベント期間中、交通を規制しての運行となった。

その点で、サラワク州のクチンで具体化が進んでいることは納得がいく。同州は歴史的経緯から、マレーシアでありながら独立した強い自治権を持っており、本土のマレー半島側との行き来にはパスポートが必要で、ほぼ外国という扱いのためだ。本土側の運輸行政とも全く別の管理下にあり、本土側ではどのようなプロセスで建設を進めているかわからないという。

そして、ARTというシステムを現状でCRRCしか持っていないことを懸念しているという。導入仕様書にARTと指定された場合、必然的にCRRC車両を導入することになってしまい、結果的にコスト高になる可能性があるためだ。

中国の影響力に懸念

2009年のナジブ政権以降、マレーシア政府が突出して中国寄りの姿勢を見せていることに、先述の関係者は懸念を示している。事実上の国鉄であるマレー鉄道(KTM)は、今やCRRC株洲の独占的利権になっており、今後も同社以外からの車両調達はできないだろうと言う。

CRRCはマレーシアに子会社を持ち、車両調達からその後のメンテナンスまでを一手に引き受けている。「一帯一路」の肝煎りの政策でもある東海岸鉄道(ECRL)も順調に工事が進んでおり、一度は白紙に戻ったマレーシア―シンガポール間の高速鉄道も、中国規格での着工が有力視されている。乗り入れのために中国と規格を合わせるという点ではECRLも高速鉄道も中国規格の採用は理にかなっているが、独立した存在である都市鉄道やLRTは、CRRCにとって参入障壁がある。

実際に都市鉄道の分野は、欧州メーカーが存在感を示しており、中国が十分に入り込めていない分野だった。ただ、2015年にクアラルンプールの高架式LRT、Rapid KLのアンパン線の旧型車置き換えをCRRC株洲が受注したのを皮切りに、徐々に攻勢を強めている。現在建設中のサーアラム線も同社が受注している。

今回のART試乗会に供された車両は、もともと2021年にジョホールバルで試運転を行っていた車両である。当時は自動車用ナンバーを取得し、白線マーカーによる自律走行を実施していた。2017年に当時のナジブ首相によって立ち上げられた「イスカンダル マレーシアBRT」プロジェクトとしてART導入に向けた調査が進んでおり、高速鉄道の開業及び接続を前提に2021年までの開業を目指していた。

現在は、数十年来の懸案であったシンガポール―ジョホール間の越境都市鉄道(RTS)の開業に合わせる形での運行開始を目指しているが、実際の開業時期は不明である。

BRTはRTSのジョホール(マレーシア)側の起点から3方向に約50kmがフェーズ1整備区間として示されているが、先の関係者は、2023年末頃にプロジェクトの呼称がBRTからLRTに突如変わったという。RTSはもともとシンガポールのMRT(地下鉄)規格で建設予定だったが、2019年にマレーシア側の政治的理由で急遽LRT規格に変更された。そして、規定路線のごとく車両はCRRC株洲が受注した。

もし、ジョホール側の市内交通にARTが採用された場合、シンガポール―マレーシア間のわずかな区間に、MRT、LRT、ARTと3つのシステムが混在することになる。RTSにCRRC株洲製のLRT車両が導入されるとすれば、これに規格を合わせるという理由でジョホール側にもARTでなくLRTを導入できる。そのため、不要になったART車両が今回プトラジャヤに移動してきたようだ。

予算のない都市にARTは「朗報」となるか

プトラジャヤでは既存鉄道駅からのフィーダー交通としてモノレール計画が存在していたが、コスト面から頓挫しており、ARTはそれに代わるシステムとして導入調査が進む模様である。それにしても、ARTがいかに「規格」を売り込むビジネスであるかがわかる。

おりしも2024年1月から5年間の任期で、ジョホール州のイブラヒム・イスカンダル氏が第17代マレーシア国王として即位した。同氏は高速鉄道推進派としても知られ、シンガポールの対岸にありながら公共交通整備に後れをとってきたジョホールはRTS開業とともに大変貌を遂げる可能性がある。LRTとは別にARTが導入される可能性もあり、目が離せない。

LRTを導入したくとも予算のない地域、バス輸送に任せるには心もとない、抵抗があるといった地域にとっては、朗報とも言える存在になるかもしれない。まずは、マレーシアでどのようなオペレーションが始まるか、続報を待ちたい。

高木 聡:アジアン鉄道ライター

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