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実在モデルを全部AIで?異例の広告制作の裏側 モデル事務所も協力、AIとの融合の先行事例に

東洋経済オンライン / 2024年3月16日 8時0分

実在のモデル3人を起用したRakuten Fashion Week TOKYOのキービジュアル。実は新たな撮影はいっさいせず、すべて生成AIで制作している(画像:©JFWO)

上の画像をご覧いただきたい。3月11日から16日まで開催されている、国内最大級のファッションの祭典「Rakuten Fashion Week TOKYO 2024 A/W」のキービジュアルとして使われた写真だ。メイン会場の渋谷ヒカリエや表参道ヒルズで、ポスターを目にした人もいるだろう。

【写真で見る】渋谷ヒカリエに掲載された巨大広告。必要な解像度は極めて高いが、これも生成AIだけで制作している

実はこの写真には、これまでにはなかった大きなチャレンジが秘められている。背景、衣装、モデルといったすべての要素が、生成AIのみで制作されているのだ。

広告業界において、AIでビジュアルを制作する事例はこれまでなかったわけではない。では、何が新しい挑戦なのか?

この写真に登場する3人はいずれも実在のモデルだが、今回のための新たな撮影はいっさいしていない。モデル事務所側の協力および本人たちの承諾も得たうえで、実在モデルの顔写真を学習させたデータを用いて、ビジュアルを制作したのである。

モデル本人と事務所の承諾を得て制作

この企画を立案し、プロジェクトを進めたのは、デジタル施策を含む広告代理事業などを展開するSTEKKEY(東京・港区)の代表、砂押貴久氏だ。

画像生成AI技術の進展によって、コマーシャル領域でもさまざまな応用が進み始めている。しかし、砂押氏がとくにこだわったのは、実在するモデルを、所属事務所や本人の承諾のもとに起用することだった。

今回登場した3人は、日本のトップモデルエージェンシー「Donna Models」に所属している。砂押氏は、社長やマネージャーが同席するミーティングで、AI時代における実在モデルの価値の再訴求と、新しいモデルの起用のあり方を広げる可能性について熱弁し、事務所の協力を得るまでにこぎ着けたという。

そして今回、キービジュアル以外にも、さまざまな静止画のカットや動画が制作された。

渋谷ヒカリエに掲載されたキービジュアルは、縦方向が10メートルにもおよぶ。必要な解像度は36000×45000画素と極めて高いが、この巨大広告も含めて、生成AIだけで制作している。

今回のプロジェクトでは、MidjourneyやStable Diffusionなど、一般に広く使われている多種多様な画像生成AIツールを掛け合わせ、ベースとなるモデルデータを選んだうえで、大量のカスタム学習もかけている。

コマーシャル領域で通用する高品位な画像を生成できるよう、大きな計算能力が利用できる専用のコンピュータ上でこの画像生成AIを動かし、3人のモデルたちの顔を徹底して学習させた。デジタルデータだけでなく、商業印刷にも対応可能な解像度へと高める技術が進んだことも、プロジェクト実現を後押しした。

1つの静止画作成までに約10時間

砂押氏によると、1つの静止画を完成させるまでに、トライアンドエラー、 クライアントなどとの調整を繰り返し、約10時間を要したという。

しかし、作り上げられた作品の質と、制作過程での制約の少なさを考慮するならば、十分な結果が得られていると感じる広告・ファッション業界関係者も多いのではないだろうか。モデルのスケジュールが合わない、希望するロケーションで撮影許諾を得られないなど、さまざまな理由で実現できなかったシーンも、AIを用いることで解決できるからだ。

実際、起用されたモデルは全員が海外を飛びまわる生活を送っており、3人そろって長時間の撮影を行う時間を調整することは極めて難しかった。今回の共演もAIを活用したからこそ、と言っても過言ではないだろう。

また、今回のプロジェクトでは60万円程度のハイエンドゲーミングPCを用いたというが、 画像生成を行うPCへの投資や、コンピュータの性能向上により、制作時間はこの先大幅に短縮できるはずだ。

もっとも技術は大きく進歩したとはいえ、現実に多くのクライアントや関係者を納得させたうえで、制作をスムーズに進めるには、多くのノウハウを必要とした。

例えば画像生成AIは、リクエストするプロンプトの入力方法によって、生成される画像の雰囲気がいとも簡単に変化してしまう。最終的にほぼ合意に達した画像であったとしても、そこにちょっとした意見を加えるだけで、全体のバランスが台無しになることもある。

これは現在の画像生成AIが持つ技術的制約、あるいは“癖”のようなものだ。画像生成AIならではの問題について関係者の間で共通の認識を持たなければ、プロジェクトは進みにくい。

制作に携わる関係者を絞り込んだ

そこで広告業界でも世界初の試みとなる今回は、キービジュアルの制作に携わる関係者をAIに対して理解や経験があり、マルチスキル、ディレクション力を持つスタッフに可能な限り絞り込むことで問題解決を図った。

例えば、AIの特性などを理解していないヘアメイク担当者や写真家が介在すると、一方の要望を取り入れると、もう一方の要望が崩れてしまう、といった問題が起きかねない。メイクの要望をプロンプトに反映することで、簡単に顔や光の入り方が変わってしまったりするからだ。

そして今回のプロジェクトが成立した最大の理由は、クライアントがRakuten Fashion Week TOKYOの運営者だったことだ。特定のブランド向けの企画であれば、もっと困難があっただろう。

ChatGPTの登場以降、砂押氏は複数のクライアントにAIでのクリエイティブ制作の企画を打診してきた。しかし、外資系企業であれば「本国のアセット(素材)を活用しなければいけない」「プロダクト訴求の予算だから、プロダクトを完全再現しないといけない」、日本企業でも「炎上を避けるため倫理的に様子見をしたい」などと、AIが苦手とする領域での完全性を求められた。

今回はファッション・ウィークというイベントのイメージ訴求だったこと、そして時代の先進性を求めるクライアントだったことが、実現に至る決定打となった。

求めているイメージを最優先し、AIだからこそできるビジュアルを実在のモデルを起用したうえで制作する。この試みは、モデル事務所の視点からも、新しい事業モデルを探るに当たって興味深い事例になっただろう。

今日、デジタル広告においては肖像権の侵害が日常的に発生している。ネット上では画像生成用のAIモデルが無料でダウンロードでき、さまざまな人の手によって、それらが更新され続けている。デジタル広告において、同じような、そして人間的ではない雰囲気のモデル写真が使われていることに気づいている方も多いと思う。

一方で、著名人の画像を無断で用いたフェイク広告の問題も珍しい話ではない。将来的には著名人の画像を用いて学習したAIモデルによって、それらのフェイク広告が大量に作られるといった懸念を持っている人もいるかもしれない。

こうした状況下で、ファッション業界では昨今、LVMHやケリングが提唱するモデルのウェルビーイング憲章が広まり、画像生成AI向けに実在しないAIモデルが制作されるなど、大きな転換期を迎えていると砂押氏は指摘する。

「クリエイティブ業界ではAIに対して脅威を感じている人も少なくありません。しかしAIは、クリエイターの発想力を拡張できる可能性を秘めています。AIと人の共存によってセレンディピティ(偶然の幸福)が生まれ、想像もしていなかったクリエイティブも誕生してくるはずです」

消費者向けの新たな体験価値創出も

砂押氏は今後のプランについて次のように展望する。

「この技術を活用すれば、多忙な海外セレブや芸能人、あるいは病気を患っている人など、物理的に撮影が困難な人の起用も可能になります。著作権や倫理の問題と向き合う必要はありますが、新しい技術への理解があるクライアント事務所などとプロジェクトを進めていきたい。とくに消費者向けの体験価値を上げる取り組みを次のステップと考えています。新しいショッピング体験も生成AIで生み出せるでしょう」

この取り組みは始まったばかりに過ぎず、技術の進歩はまだまだ止まらない。今回の事例が周知されれば、少しずつAIと実在モデル、あるいは実在の風景をうまく組み合わせたビジュアルの生成、応用が進んでいくことだろう。

本田 雅一:ITジャーナリスト

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