航空専門医がいない空自に戦闘機開発はできない やる気のある医官が次々に辞める自衛隊の内情
東洋経済オンライン / 2024年4月3日 13時30分
航空医学実験隊は航空医学および心理学上の各種調査研究や、救命装備品等の実用試験、航空身体検査、航空生理訓練、防衛装備庁の研究所などへの航空医学に関する技術協力などを行う部隊だが空洞化している。
航空医学実験隊の研究にはまともな研究実績の修士や博士号保持者がおらず、そのレベルは、一般人でもできる程度の調査研究がほとんどだ。ここにその分野の専門医は配置されていない。
航空医学の進歩はまったく期待できない
例えば加速訓練の担当医官は循環器内科や脳外科など気絶を扱う専門医が適任だが、現在は消化器内科医で3月中に退職した。空間識訓練の担当は、めまいや乗り物酔いを扱う耳鼻科医が適任だが、現在は整形外科の医官だ。
低圧訓練の担当は低酸素症状を扱う呼吸器科が適任だが、現在は皮膚科医である。訓練部の部長は眼科医(専門医なし、眼科専門研修未経験)で医学的なアドバイスはほとんどできない。これで航空医学の進歩はまったく期待できないし、他国から取り残されていくことになるだろう。
このような現状で戦闘機や他の航空機の開発を医学的に支えることは不可能だ。GCAPの共同開発のパートナーであるイギリスやイタリアに期待するしかない。
冒頭に述べたように防衛省や空自、三菱重工の開発関係者は自分たちが世界先端の戦闘機は国内で十分に開発できると豪語してきた。航空医学に関するリソースがない状態で、そのような主張をすること自体、現実が見えていない。三菱重工がスペースジェット旅客機(旧MRJ)の開発に失敗したのもそのような過剰な自信が原因であろう。
また海自や陸自でも航空機の開発をしているが、同様に航空医学の観点からの能力は低いといっていい。実は海自の潜水医学の分野においても同様に専門医がほとんどいない。これでまともな潜水艦や救難システムを開発し、潜水医学を発展させることができるだろうか。
このように防衛省、自衛隊の衛生は極めて貧弱である。筆者は自衛隊の衛生組織は統合して第4の軍種として独立させ、その陣容を立て直して強化すべきだと考える。アメリカ軍、イスラエル軍、かつての南アフリカ軍など、実戦を多く経験した国の軍隊は衛生の分厚い基盤を有している。
厳しく言えば、衛生を軽視している自衛隊は戦争で隊員が死傷することを想定していないといってよいだろう。
能力があり、やる気のある医官が次々と辞めている
いわゆる防衛3文書(国家安全保障戦略、国家防衛戦略、防衛力整備計画)には衛生の強化がうたわれており、衛生機能の変革(国家防衛戦略)や防衛医科大学校を含めた自衛隊衛生の総力を結集できる態勢を構築、研究の強化(防衛力整備計画)を掲げるが、その実現は容易ではない。
能力があり、やる気のある医官が次々と辞めているからだ。筆者の取材では2023年度はすでに空自医官の中途退職は8名、年度末に少なくとも3名が退職した。定年退職を含めると少なくとも13名が年度内に退職した。
対してここ数年、防衛医大卒業後、空自医官になるのは10名程度で医官は減少している。すでに空自は脳外科、心臓血管外科はゼロの壊滅状態だ。
いくら防衛費を増やそうと戦車や護衛艦を並べようと、このように衛生基盤を軽視しているのでは仮想敵からその実力を見透かされて、抑止力としても機能しないだろう。また航空機に限らず、実戦を想定した優秀な装備を国内開発すること自体が困難だ。
最大の問題は衛生軽視が自衛隊の組織文化となっており、その文化を変えることが大変難しいことにある。
清谷 信一:軍事ジャーナリスト
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