川勝知事で話題「細川ガラシャ」壮絶な辞世の句 辞任の心情を問われて引用し、注目が集まる
東洋経済オンライン / 2024年4月11日 15時30分
静岡県の川勝平太知事が、辞職届を提出する心境を聞かれた際に、細川ガラシャの辞世の句を詠んだことが話題となっている。果たして、辞世の句にはどんな感情が込められていたのか。真山知幸氏が上梓した歴史物語『泣ける日本史 教科書に残らないけど心に残る歴史』を一部抜粋・再構成し、細川ガラシャの物語をお送りする。
「京都馬揃え」を見事に仕切った父の明智光秀
天正9年(1581年)2月28日、「京都馬揃え」が開催された。織田信長による軍事パレードである。
馬揃えのルートは、本能寺から室町通りを北上し、一条通りを曲がって入った内裏の馬場へと到着する。内裏の東側には、天皇や公家が観覧する仮御殿も建てられた。
華麗な軍装をまとった騎馬武者たちが練り歩く。信長とその一門、家臣の武将たちに、お供の兵も加えて、6万人以上が行進に参加した。
「なんて豪華な……」
そう思わず漏らしたのは、観覧席で観ていた玉(のちの細川ガラシャ)である。パレードの見物には、武将の家族や町の人々も訪れた。玉は姉妹とともに、父が用意してくれた席で、きらびやかな行進に目を奪われていた。
1番手の丹羽長秀、2番手の蜂屋頼隆に次いで、早くも3番手として現れたのが、明智光秀である。
「父上が来たわ!」
玉がそう声を挙げると、ほかの3姉妹、倫、菊、鈴も目を輝かせた。特に倫は夫の秀光、菊は夫の光忠が、光秀の隊にいたため、少し照れたような笑みを浮かべた。
光秀の表情には、この大イベントの準備をやり切ったという自信がみなぎっているかのようだった。
「父上、ここまでの努力が報われましたね」
玉は感慨深い思いに駆られながら、我が夫が現れるのを心待ちにした。玉の夫は細川忠興。その父は細川藤孝で、光秀と同じく信長がその能力を高く評価する家臣だった。
信長は、光秀と藤孝という優秀な家臣同士を結婚させることで、織田軍団をさらに強化しようと考えていたのだろう。
5番目にこのイベントの主役である信長が嫡男の信忠とともに現れると、その壮麗さに観覧席にどよめきが走った。そして、信長の隊にいたのが、鈴の夫である信澄と、玉の夫、忠興である。
「忠興様……!」
忠興の堂々たる風格を目の当たりにして、玉の胸に誇らしい気持ちが沸き上がってきた。
つくづく人生はわからないものだ、と、玉はパレードを観ながら、しみじみと考えていた。
夫の細川忠興もまた出世頭だった
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