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光君が「まだ年端もいかぬ少女」の虜になった事情 「源氏物語」を角田光代の現代訳で読む・若紫②

東洋経済オンライン / 2024年4月22日 14時0分

「何ごとですか。子どもたちと喧嘩(けんか)でもなさったの」と見上げる尼君と似ているところがあるので、娘だろうかと光君は思う。

「雀(すずめ)の子を犬君(いぬき)が逃がしてしまったの。籠を伏せてちゃんと入れておいたのに」と、さも残念そうに女童は言う。その場に座っていた女房が、

「またあのうっかり者の犬君が、そんないたずらをしてお叱りを受けるとは、しょうがない人ですね。雀の子はどこに行ってしまったのでしょう。だんだんかわいらしく育ってきていたのに、烏(からす)なんかに見つかったらたいへんですわ」と言い、部屋を出ていく。ゆったりと髪の長い、こざっぱりした人である。少納言の乳母(めのと)と呼ばれているところを見ると、この子の世話役なのであろう。

深い思いを寄せている人に似ている

「なんてまあ子どもっぽい。聞き分けもなくていらっしゃること。私がこうして今日明日をも知れない命だというのに、なんともお思いにならず、雀を追いかけていらっしゃるなんて。罰が当たりますよといつも申しておりますのに、情けないことです」と尼は言い、「こっちへいらっしゃい」と呼ぶと、女童はそこに膝をついて座る。頰のあたりがまだあどけなく、眉のあたり、無邪気に髪を搔(か)き上げたその額、髪の生え際がなんともかわいらしい。これからどんなにうつくしく成長していくのだろうと、光君はじっと見入った。が、じつは、限りなく深い思いを寄せている人に女童がたいそう似ているので、目が引きつけられていたのだ、と気づいたとたん涙がこぼれてくる。

尼君は女の子の髪を撫(な)でながら、

「櫛(くし)を入れることもお嫌がりになるけれど、きれいな御髪(みぐし)ですこと。本当に子どもっぽくていらっしゃるのが心配でたまりませんよ。これくらいのお年になると、こんなふうでない人もありますのに。亡くなったあなたのおかあさまは、お父上が先立たれた十ばかりの時は、もうなんでもよくわきまえていらっしゃいましたよ。私があなたを今残していってしまったら、どうやって暮らしていかれるおつもりなのでしょう」と言ってひどく泣き出してしまうのを見て、光君もわけもなく悲しくなる。幼心にも、さすがに尼君をじっと見つめる女童の、伏し目になってうつむいたところにこぼれかかってくる髪が、つやつやと光っている。

生(お)ひ立たむありかも知らぬ若草をおくらす露ぞ消えむそらなき
(これからどうやって育っていくかもわからない若草のようなこの子を残しては、露のような身の私は消えようにも消える空がありません)

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