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「著名人の詐欺広告」で問われる"無料ネット社会" 生成AIが生み出すコンテンツは著作権違反か

東洋経済オンライン / 2024年4月23日 11時0分

くしくも無料サービスで成長した2大巨頭SNSが有料に足を踏み入れているように、これから先のネット世界は有料か無料かで2つに分かれると私は予想する。

一方は無料の世界。その代わり、AIが作成したのか人間によるものかわからないコンテンツがメディア上に無秩序に出没し、周りを広告が埋め尽くしている。ユーザーは正しい情報を得る意欲もなく、ただ暇つぶしになるとそうした怪しいコンテンツを消費する。実態があるのかないのかはっきりしない広告主が勝手に著名人の写真を使った広告で人々を誘う。中には出し先を吟味せず広告出稿したまっとうな企業の広告も表示されるが、広告主として確認もしていない。

もう一方は有料の世界。きちんと情報が整理され、どこへ行けばどんなコンテンツを利用できるか、みんながわかっている。コンテンツを読んだり楽しんだりする場合は正当な対価を支払う。多くの人は、自分が日常的に読んだり見たりするメディアを決めていて、サブスク契約をしている。もちろんたまに単品のコンテンツも購入する。広告はそうしたメディアの中で、読み応えや見応えのあるコンテンツとして機能している。もちろん広告とわかる表示がついている。広告主もユーザーも安心して広告に接することができる。

この2つの世界は、線引きがあるようで実際には境界は曖昧だ。そしてユーザーも2つを使い分けるだろう。少し怪しいけれども無料世界のコンテンツを目利きして手にしたりもする。そんな中から有料世界で活躍するメディアや作り手も誕生する。

ネット登場前のメディアのあり方では?

ここまで想像したところでふと気づいた。これはネットが登場する前のメディアのあり方と変わらないのではないだろうか? そもそも、コンテンツはお金を払って手に入れるものと我々は認識していた。90年代の私は新聞を購読し、毎週雑誌も片手に収まらないくらい買っていた。テレビ番組は当時も無料だが、ドラマや映画はビデオやDVDを有料でレンタルしていたし、気に入ったものは購入していた。聴きたい音楽はCDを買っていた。コンテンツはお金を払って楽しむものだったのだ。

同時に、無料のコンテンツもあふれていた。ただし無料はアマチュアだったり、レベルが低かったり、時には怪しい人物が裏にいた。ストリートから人気者になったミュージシャンもいたし、同人誌から作家が登場していた。自主映画からプロの映画監督が生まれた。メディアやコンテンツはもともとそういうものだった。

無料が当たり前だと思い込んできたこれまでのネット文化がおかしかったのかもしれない。そうだとしたら、今起こっているのは急激なカーブにさしかかったときの強烈なGで、振り落とされる人が出てきたり誰かが人を蹴落とそうとしている状態なのだ。曲がりきったところには秩序ある世界が待っている。だがそのためには、私たちが秩序づくりをしなければならないということだろう。いまはその、最も大変な数年間に入ったところなのかもしれない。そう思えば少し救われる気がするが、どうだろうか。

境 治:メディアコンサルタント

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