「もしトラ」へ備え?習近平氏「5年ぶり訪欧」の思惑 なぜフランス、セルビア、ハンガリーだったのか
東洋経済オンライン / 2024年5月10日 10時0分
4年前に失ったメンツ回復のリベンジ外交に
中国は2020年夏、王毅外相を欧州に送り込み、懸案となっていた欧州連合(EU)との包括的投資協定(CAI)締結による新たな経済関係構築の最終の詰めを行おうとした。
ところが中国の思惑はハズレ、香港の民主化抗議デモや新疆ウイグル自治区のウイグル族への弾圧について、中国政府のこれまでの人権弾圧への批判が予想以上に強く、欧州議会も翌年、協定締結を凍結し、中国のメンツは潰された。
5月5日からの習近平国家主席のフランス、セルビア、ハンガリーの3カ国歴訪は、コロナ禍後のウクライナや中東紛争で激変した世界情勢を踏まえ、中国が4年前に失ったメンツ回復のリベンジ外交ともいえるものだった。習氏の訪欧は5年ぶりだ。
中国が2020年に欧州から冷や水を浴びせられた原因の1つは、経済大国にのし上がった中国が人権無視などの内政に対する欧州の批判を「内政干渉」と一方的にはねのけ、上から目線で欧州外交を展開したことだった。しかし、自由と民主主義、人権、環境に関して強い信念を持つ欧州を、経済力でひざまずかせることの難しさを学習した。
今回は習氏自らが訪欧することで、欧州の中でも人権や環境にうるさいフランスに礼儀を払い、従属させやすいセルビアやハンガリーを利用してEUに切り込むための首脳外交の足固めだったよう
2025年のEU加盟を最大の国家目標に掲げるセルビアは、「一帯一路」(中国の巨大経済圏構想)で中国と急接近している。ハンガリーはEU加盟国の中では、対ロシア制裁に消極的で、中国からの投資にもオープンだ。
また中国と対立するアメリカでは、トランプ前大統領の再選の可能性が出てきている。自国第一主義のトランプ政権が誕生した場合、同じ自国第一主義の中国は、アメリカと距離を置き自律外交を展開するフランス、国益最優先の親中のセルビアやハンガリーとしっかりした信頼基盤を築いておきたいという思惑も透けて見える。
なお、今回訪問先となっていないドイツは今年4月、ショルツ首相が財界トップを引き連れて訪中したばかり。昨夏、中国経済への依存度を減らす「デリスク」(リスク低減)の戦略を打ち出してから初の訪中だったが、経済関係の強化を確認するだけにとどまっている。
国交樹立60周年で国賓訪問した習氏
最初にフランスを国賓訪問した習氏は、仏中国交樹立60周年を祝う式典に参加した後の記者会見で「第1に二国間関係の戦略的安定を強固にすること。第2に双方向投資の拡大のための良好なビジネス環境を提供すること。第3に人的・文化的交流の促進を加速させること。第4に環境問題などグローバルな協力に向けたより大きなコンセンサスを構築すること」で合意したと表明した。
一方、フランスにとっては不公正な貿易慣行の解消、ロシアとの「無制限のパートナーシップ」の転換に期待していたが、習氏の口からは、コニャックに専制関税を課さないこと、マクロン氏が提案しているパリ五輪・パラリンピック期間中のウクライナ紛争の停戦に支持を表明するにとどまったが、そもそも停戦はロシア次第で可能性は低い。
またウクライナ問題に関しては、中国はロシアに武器を供与していないこと、そして軍事品輸出の厳格な管理を公に表明していることから、「ウクライナ危機を利用して責任を押し付け、第三国を中傷し、新たな冷戦を扇動することにわれわれは反対する」(習氏)と従来の主張を繰り返すだけだった。
セルビアとの関係は一帯一路の打開策
フランスの次に訪問したセルビアは、旧ユーゴスラビアの中心国家だったが、東西冷戦終結後も周辺国との対立が絶えない国だ。2014年にEU加盟候補国となっているが、成熟した民主主義や人権重視のハードルが高く、EUへの加盟を果たせていない。
セルビアの直接投資流入額に占める中国からの投資額は2020年以降、増加し続けており、2020年は5.3億ユーロ(約870億円)、2021年は6.3億ユーロ、2022年には13.8億ユーロへと急増し、2023年には10.9億ユーロに減少したが、2024年には増加に転じると見られている。
習氏はセルビア訪問中、昨年10月に締結にこぎつけた中東欧初となる中国と自由貿易協定(FTA)を2024年7月に正式発効することをセルビアのブチッチ大統領と確認した。そのため、中国からの投資流入額は確実に増えると予想される。中国がEU未加盟の西バルカン諸国と締結する初めてのFTAは、先細りの一帯一路の打開策ともいえるものだ。
セルビアでは中国企業による複数の大規模インフラ建設プロジェクトも進行しており、事業費は総額で20億ユーロに上る。
首都ベオグラードと国境を挟んだ隣国ハンガリー・ブダペストを結ぶ高速道路をはじめ、地下鉄、熱供給施設などのインフラ整備で、ハンガリーとともに中国資本は重要な存在となり、確実に一帯一路に組み込まれている。その後に訪れたハンガリーでは親ロシアのオルバン首相と会談し、さらなる互恵経済関係と新型国際関係のための手本を確立した。
混乱が予想される欧州を中国が利用?
北大西洋条約機構(NATO)はアメリカ依存を脱し、欧州の自律的な安全保障強化に舵を切っている。イギリスは2030年までに国防予算に750億ポンド(約14兆4300万円)を追加投入すると約束し、NATOの加盟国にも同様の積み増しの圧力をかけている。
一方、EU加盟国のスペインとギリシャは自国防衛懸念から、ウクライナへの防空システム供与を先月、拒否した。アメリカ依存を脱したい欧州だが、加盟国の台所事情も防衛能力レベルも大きく異なる。
トランプ氏が再選されれば、NATOから加盟国への拠出金増額要求は必至と見られる。トランプ氏は2月10日の演説で、自身が在任中にNATOの一部加盟国に対し、軍事費を適切に負担しなければロシアが攻撃してきてもアメリカは支援せず、むしろ「好きに振る舞うようロシアをけしかけてやる」と発言した。NATOのストルテンベルグ事務総長は「すべての加盟国の安全保障を弱体化させ、アメリカと欧州の兵士を危険にさらす」と不快感を露わにした。
そんな混乱が予想される欧州に対して、中国は混乱を逆に利用しようとしている。中国からの安価な輸出や域内安全保障をめぐる懸念によって、EUが貿易調査に乗り出したことから、中国はアメリカと足並みをそろえることへの不快感を示している。今回の習氏の訪欧は、中国の巨大な経済から目を背けるべきではないと説得するためでもあった。
中国は対米貿易戦争で苦戦し、中国国内の経済も足踏みする中、多角的外交戦略で一帯一路を進めたい構えだ。特に弱小国から切り崩していく戦略や大国とは対話重視でグローバルプレーヤーとして存在感を発揮し、「もしトラ」後の世界に対して着実に布石を打ちたい思惑が欧州歴訪でうかがえる。
安部 雅延:国際ジャーナリスト(フランス在住)
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