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次第に気持ちが離れる、光源氏の夫婦関係の複雑 「源氏物語」を角田光代の現代訳で読む・若紫⑤

東洋経済オンライン / 2024年5月12日 17時0分

「たまには人並みの妻らしいところを見てみたいものですね。病でたえがたいほど苦しんでいたのに、いかがですかと問うてもくれないのは、今にはじまったことではないが、やはり恨めしく思いますよ」

「では『問はぬはつらき』という古歌の心があなたもおわかりになって?」と、流し目で光君を見る葵の上のまなざしは、なんとも近づきがたいほどの気品にあふれたうつくしさである。

なんともおもしろくない気持ち

「たまに何か言ってくれるかと思うと、とんでもないことを言いますね。『問はぬはつらき』などという間柄は、れっきとした夫婦である私たちにはあてはまりませんよ。情けないことだ。いつまでたっても取りつく島もない仕打ちだけれど、考えなおしてくれることもあろうかと、いろいろ手をかえてあなたの気持ちを試そうとしているのですが、それでますます私のことが嫌になるのでしょうね。まあ、仕方ない。命さえ長らえていれば、いつかはわかってもらえるでしょう」と言って、光君は寝室に入った。

女君はすぐには寝室に入ってこない。光君は誘いあぐねて、ため息をつき横になった。なんともおもしろくない気持ちなのだろうか、眠そうなふりをして、男と女のことについてあれこれ思いをめぐらせている。

さて、山で見かけたあの少女の成長ぶりを、やはりこの目で見たいという思いを光君は捨てることができない。けれど不釣り合いな年齢だと尼君が言うのももっともであるし、なんとも交渉しづらい。なんとか手立てを打って、気軽にこちらに迎えて、朝も夕もいっしょに暮らしたいものだ……。父君の兵部卿宮(ひょうぶきょうのみや)はじつに優雅で上品なお方だが、はなやかなうつくしさがあるわけではない、なのになぜあの少女は、ご一族のあのお方にあんなに似ているのだろう、兵部卿宮とあのお方が、同じ母宮からお生まれになったからだろうか……。そんなことを考えていると、あのお方との姪(めい)という縁(ゆかり)がなんとも慕わしく、どうにかして是非にでも、と切実な気持ちになる。翌日、手紙を書いて北山に届けた。僧都にも思うところをそれとなく書いたようである。尼君には、

「まったく取り合ってくださらなかったご様子に気が引けて、心に思っておりますことを存分に言い切ることができなかったのを残念に思っております。こうしてお手紙でも申し上げることからしても、私がどれほど真剣かをおわかりいただけましたら、どんなにうれしいでしょう」

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