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映画「ある一生」が描く平凡な男の"80年の人生" 世界的なベストセラーの映画化に至った背景

東洋経済オンライン / 2024年6月10日 13時0分

普段は寡黙で内省的なエッガーだが、マリーを家に招いた際に、彼女との将来を饒舌に語り始める。そんなエッガーのめずらしい姿にマリーは「口数が多いね」と優しい眼差しを向けるのだった。その後、夫婦となったふたり。孤独だったエッガーの魂は、愛によって解放されていくのだが――。

作者は『キオスク』『野原』などヒット連発

2014年に刊行された原作小説は何カ月にもわたってベストセラーランキングの上位を走り続け、およそ40の言語に翻訳された話題作。

もともとは俳優として活動していたローベルト・ゼーターラーだが、脚本家として執筆した『Die zweite Frau(原題)』(2008)でハンス・シュタインビッヒラー監督とタッグを組んでいたことがある。その後、ゼーターラーは小説家として『キオスク』『ある一生』『野原』などの世界的ベストセラーを連発する人気作家となった。

一方、『ヒランクル』『アンネの日記』などを手がけ、“スイス映画界の革新者”の異名を持つシュタインビッヒラー監督は、2014年に刊行された『ある一生』の原作本を読み、「この映画をつくらなければならない」と運命的なものを感じたという。

アルプスのキームガウで育ち、幼い頃はドイツで登山雑誌をつくっていた父親とともに山を旅していたという彼は、その理由を「小説で描かれている内容が、自分の山での生活や、キームガウの農家の息子だった実父の人生と結びついていたから」と語っている。

原作小説はおよそ150ページとそれほど長くはない中で、主人公の80年におよぶ人生を簡潔に、淡々と描き出しているのが特徴。そしてなんといっても、誰ともコミュニケーションをとらず、誰にも心情を打ち明けない主人公の視点から描かれているということもあり、シュタインビッヒラー監督はインタビューで「映画化は不可能だと思った。あまりにも美しすぎて、触れたくなくなるのだ」とその困難さを告白している。

そこで彼は『マーサの幸せレシピ』で知られるウルリッヒ・リマーに脚本を依頼。リマーは、主人公のエッガーが妻のマリーにあてた手紙というスタイルを使い、彼の内面に迫る、というアイデアを思いつく。それによって、彼の人生を彩ったマリーに対する思いがクッキリと浮かび上がるという効果もあった。

アルプスの広大な自然でロケ敢行

そして登場人物同様、本作で重要な位置を占めるのが、アルプスの広大な自然だ。ひとりの人間の80年にもおよぶ人生を、山の四季とともに描き出すために、撮影の80%は東チロルの山脈で行われ、その他、南チロルとバイエルン州でも撮影は行われた。

撮影は2022年2月から計47日間にわたって行われ、山の季節によって撮影を中断。季節の変わり目を数カ月待ち、そこから再び撮影に取りかかることもあったそうで、そうしたこだわりから丁寧に映し出されたアルプスの風景は本作の見どころのひとつである。

エッガーの人生はけっして歴史に名を残すような華々しい人生ではなかったかもしれない。はたから見たら孤独で苦渋に満ちた人生のように映るかもしれない。だが彼は人生をあきらめることなく、地に足をつけて、粛々と生きてきた。

人は死の間際に、その人生が走馬灯のように現れるというが、その時に感傷や陶酔ではなく“自分の人生はそう悪くはなかった”と言うことができるだろうか。人のしあわせのかたちとは何か、ということを考えさせられる1本だ。

壬生 智裕:映画ライター

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