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「ミセス炎上」MV停止や即謝罪でも"延焼"の深刻度 ミセス・大森の謝罪は誠実だったのになぜ?

東洋経済オンライン / 2024年6月15日 13時45分

絶大な人気を誇るロックバンドの炎上騒動。クリエイティブとポリコレを両立させなくてはならないアーティストは、どのようにリスク管理をすべきだったのか(画像:Mrs. GREEN APPLE公式サイトより)

6月13日、3人組の人気ロックバンド・Mrs. GREEN APPLE(ミセスグリーンアップル。以下、ミセス)の新曲「コロンブス」のミュージックビデオ(MV)が、「差別的な内容」だと批判を受け、公開停止となりました。

【写真】もう見られない 映停止となったコカ・コーラのCMで、ニッコリ微笑むミセスのメンバーたち

同日、この楽曲をタイアップに起用していた日本コカ・コーラ社もCMを放映停止にした旨を発表しています。

アーティストは、クリエイティブとリスク管理をどう両立させればよかったのか。今回の騒動から見えてきたことを解説したいと思います。

ミセスの鎮火の動きは速かったが…

「コロンブス」というタイトルに、ミセスのメンバーが扮したコロンブスやナポレオン、ベートーベンが類人猿を模したキャラと交流する映像表現。曲名にもなっているコロンブスは、アメリカ大陸へ到達した人物というだけでなく、侵略者であった一面が最近では広く伝わるようになりました。

そういった人物の名を冠したことも問題視されていますが、「類人猿が先住民を模しているのでは」「白人を想起せる人物が類人猿に人力車を引かせたり文明を教えたりしているような表現は不適切では」と批判を浴びているのです。

MVを制作したユニバーサル ミュージック社は公開後24時間も立たないうちにYouTubeでの公開を停止。その後すぐにミセスのボーカル・大森元貴氏もコメントを発表しました。

問題映像の迅速な非公開化、メンバーによる素早い謝罪など、炎上後の対応はかなり徹底したものでした。

この映像に何の問題があるのかわからないという声も出る一方、現時点では、このような内容を題材にしてしまうセンスや歴史的背景への無知さ、公開されるまでのチェック体制の不備など、ミュージシャンと制作者双方へさまざまな批判が出ています。

不祥事などで炎上した場合、鎮火に向けて迅速に動くことは、危機対応として理にかなっています。また大森氏の謝罪内容も、真摯に反省を述べて他責や言い訳など交えないものでした。

しかし、適切な謝罪はもちろん大事ですが、残念ながら炎上の内容によっては、どれだけ誠意のこもった謝罪内容でも、すべて帳消しにできるわけではありません。

今回の炎上は今はまだ日本国内だけのものですが、人種差別や植民地政策という問題をはらんでおり、国際的にも批判を浴びかねない内容です。それだけに、このまま鎮火できるかは、まだまだ予断が許されない状況だと思います。

炎上を招いた「3つの要因」

今回、炎上を引き起こした要因は、3つあると考えます。

まずは、コロンブスという、時代によって評価が変わった歴史上の存在を安易にエンタメとして扱ってしまったこと。

そして、欧米列強による植民地支配や、ネイティブアメリカンやアフリカ系、アジア系など被征服住民への歴史認識が浅かったこと。

最後に、スポンサーがコカ・コーラという、グローバル企業であったこと。

これらが合わさって炎上の火ダネとなり、より延焼させてしまったと思います。

制作物において、差別や偏見、不快感を与える表現を用いないことは、「ポリティカル・コレクトネス(ポリコレ)」と呼ばれ、アメリカを中心に定着しています。いわばグローバルビジネスにおいても、ポリコレは常識となりました。

そのような状況の中で、ヨーロッパ中心、白人上位と受け止められるような表現は、少なくともビジネスの世界では認められません。コカ・コーラという、グローバル企業のために作られた楽曲のMVがそのような内容に見えるという点で、より多くの批判を呼ぶこととなりました。

「“直筆”謝罪文」が悪手である理由

「炎上」と呼ばれる状態は、突然大爆発となることはまずなく、炎上に至る道筋があることがほとんどです。今回の騒動については、MVを制作する過程においていくつもの発火点を見逃したことが要因として挙げられます。

MV自体は広告ではないため、アーティスト側の仕切りだったのかもしれません(実際、日本コカ・コーラ社は、「事前に把握をしていなかった」と説明)。とはいえ、タイアップがコカ・コーラであることを考えれば、今回の作品を止めたり注意喚起したりする人がいないまま、公開されてしまったというのは、信じられない思いでした。

広告代理店にとってもレコード会社にとっても、とてつもない大仕事のはずだからです。

とはいえ、アーティストであるミセスが、自由な発想の一環として、今回のような作品を構想することは、「あり」だと思うのです。発想や思考が奇抜だったり、とんでもないものだったりすることは、企画時点ではむしろ有意義であることは多々あります。

それがアーティストやクリエイターというものであると思うし、ときとして非常識なものもあって当然だと思います。そうした発想だからこそ、すばらしい芸術も生まれるのでしょう。

一方、事業運営者は、そうしたクリエイターの発想を現実に基づいて整備して世に出すのが仕事です。そのまま垂れ流しにするだけなら存在価値がありません。

ミュージシャンが発想するまでは自由だと思いますが、それを映像化するプロセスで、誰もその危険性に気付かないことが、大きな問題なのです。今回も実際に納品してしまったという点で、制作過程がノーチェックという杜撰な環境で作られてしまったと見られてしまいます。

アーティストやクリエイターの自由な発想が招いた騒動としては、次のことが記憶に新しいかと思います。

2021年、東京五輪開会式の企画統括だった電通のCMプランナー出身のクリエイティブディレクターが、お笑い芸人の渡辺直美さんにブタの格好をさせる「オリンピッグ」という企画を立てていたと報道されました。これは大批判を浴び、企画統括を辞任することとなりました。

また翌年2022年には、ミュージシャンの椎名林檎さんが新曲CDの販促グッズとして、ヘルプマークに酷似しているデザインを使用し、大炎上。これについて椎名さんは、これまでコメントを発表していません。それに対しても多くの批判を集めることとなってしまいました。

その点、今回の騒動でミセスの大森氏が迅速かつ自身の言葉で謝罪したことは、誠実な対応だったと言えるでしょう。XなどのSNSに直接書き込むのではなく、おそらく事務所スタッフもきちんと精査したであろうコメントを事務所のHPに掲載したことも、リスク管理としては適切だったと思います。

アーティスト自身がSNSなどに直接書き込みをするような無防備な体制は、大きなリスクでしかありません。昨年末から続くダウンタウンの松本人志さんと週刊文春をめぐる騒動でも、松本さん自身がXに投稿をしたことが、無駄に誤解や延焼を呼んだ可能性があると以前指摘しました。

アーティスト本人が謝罪文や釈明文を書くにしても、プロダクションや制作スタッフがその表現のリスク管理を徹底する必要があります。

アーティストに求められる「リスク管理」

こうした時流に対し、何をやっても批判される息苦しい世の中だと反発を覚える人もいるでしょう。CMだけでなくテレビ番組や映画などでも、つねにコンプライアンスを意識しながら制作しなくてはなりません。クリエイターにとっては、正直やりにくい時代とも言えます。

その是非についてはさまざまな考えがあると思いますが、私が企業の方への危機管理についてお話しする際には、ご自身の価値観は一旦脇に置き、あくまでビジネス視点で考えていただきたいと訴えています。

「この程度で炎上するほうがおかしい」という気持ちを持つ人もいるかもしれませんが、可燃の可能性があれば慎重に進めるのはビジネスなら当然だからです。作り手の価値観が正しいかどうかは重要ではありません。クリエイティブなものだからこそ、危険回避をするために、第三者を入れるなどして冷静に見極める目が必要なのです。

増沢 隆太:東北大学特任教授/危機管理コミュニケーション専門家

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