1. トップ
  2. 新着ニュース
  3. 経済
  4. ビジネス

ミセス「コロンブス」騒動における隠れた「勝者」 「古い価値観」はいつから「古い」とされるのか

東洋経済オンライン / 2024年6月27日 10時40分

コロンブスが猿に教えを施すという構図が「炎上も当然」になったのは、いつの頃からだろうか(写真:metamorworks/PIXTA)

いつから「炎上も当然」の価値観はつくられたか

3人組バンドMrs. Green Appleの新曲「コロンブス」のMVが、激しく炎上した。その内容が、コロンブスたちが猿たちの家に押し入っては、教えを施すという内容だったためである。同MVは「最初から最後までアウト」「誰もこれを止めなかったのがむしろ驚き」などの言葉とともに、バンドの支持層であるはずの若者たちからむしろNGが突きつけられる格好となった。

【結論】ミセス「コロンブス」騒動における隠れた「勝者」

協力関係にあった企業の逃げ足の早さもまた、類を見ないものであった。MVが問題視されたとみるや、即座にコメントを発表し、これは自社の知るところではない、と弱冠27歳のアーティストに全てを押し付けて、逃げ切りを図ったのである。よほどに、危険な案件だと踏んだのだろう。メディアもまた、熱量を上げて積極的に取り扱い、いかにそれが不適切であるかが語られた。公開から1日足らずのうちに、若きミュージシャンは災禍の中心となったのである。

幸運だったのは、「コロンブス」が、あまりに常識外れ過ぎたことかもしれない。徹頭徹尾、時代錯誤な内容を全力でやり切っている様子からは、誰の目にも、そこに悪意のひとかけらも見いだせなかった。Mrs. Green Apple当人が即座に謝罪したことも効果的であった。無知を憎んで人を憎まずとばかりに、彼らが赦されたことは、この不幸な出来事の中の、大きな幸いだった。

“征服者”コロンブスが猿の住む家に押し入り、教育を施す――という内容は、皆さんも「炎上も当然」だと評するものであろう。だが、ここで思いを巡らせてみたいのは、本件が「炎上も当然」になったのは、果たしていつの頃からか、ということである。

ほんの十数年も遡れば、コロンブスが猿に教えを施すという構図に騒ぐのは、マイノリティ勢力に過ぎなかった。たいていの人は、そこに何の問題も見出さなかったはずである。長年、コロンブスは「新大陸を発見した偉人」とする評価が一般的だった。また、猿というモティーフが有色人種の差別表現であるとして多くの状況でNGになったのも、ここ最近のことに過ぎない。

Mrs. Green Appleの「コロンブス」が炎上するのは、十数年前では起こり得なかった、きわめて現代的な事象なのである。現代のあまりに急速な社会常識の変化が、20代の将来有望なミュージシャンたちのキャリアに、忘れがたき深い傷を負わせた。生きづらい世の中になった、と嘆いてばかりもいられない。Mrs. Green Appleだけではない。私たちの誰もが、この急速な社会変化の中を、潜り抜けていかねばならないからである。

自己否定を繰り返し、再構築を続けるシステム「近代」

この記事に関連するニュース

トピックスRSS

ランキング

複数ページをまたぐ記事です

記事の最終ページでミッション達成してください