ソフトバンク、AI検索「1年無料開放」に映る狙い 個人顧客向けで初の生成AI活用キャンペーン
東洋経済オンライン / 2024年6月28日 8時0分
3000万超のスマホユーザーを擁する企業の「最初」の一手は、生成AI普及のきっかけになるのか。
【画像で見る】パープレキシティ・プロの利用イメージ。質問を入力すると、インターネット上のさまざまな情報を基に精度の高い回答を得られる
ソフトバンクは6月17日、生成AIを活用したサービスを展開するアメリカのスタートアップ、パープレキシティ社との戦略的提携を発表した。
同社はオープンAIのGPT-4をはじめとする複数の大規模言語モデル(LLM)を活用し、ユーザーが知りたい情報をチャット形式で回答する検索エンジン「パープレキシティ・プロ」を展開する。ソフトバンクはウェブやアプリで利用できるこのサービスを、同社のユーザーに1年間無料提供するキャンペーンを6月19日から開始した。
個人向け通信と生成AIを組み合わせたキャンペーンは、国内キャリアで初の試みとなる。
AI革命の「最初の一歩」
「パープレとの取り組みは、われわれのまだ最初の一歩だと思っている。『AI革命』の時代を老若男女かかわらず、大きく広げていく」。6月17日の記者会見で、ソフトバンクの寺尾洋幸専務執行役員はそう強調した。
ソフトバンクは、親会社であるソフトバンクグループの孫正義会長兼社長主導の下、最重要分野と位置づけるAI事業に邁進している。
孫氏は昨秋に開いた法人向けイベントで、「AIがほぼすべての分野で人間の叡智を追い抜いてしまう『AGI』(汎用人工知能)の世界が今後10年以内にやってくる」との予想を示し、進化したAIと比べると、人間の知能が将来的に「猿」や「金魚」のような存在になるとまで言い切った。6月27日には、ソフトバンクグループがパープレキシティ側に対し、1000~2000万ドル(約16~32億円)の出資を予定しているとブルームバーグが報じた。
事業会社のソフトバンクでは、大量の電力を使うAI向けデータセンター構築や、日本語に特化したLLMの研究開発を進めている。今回の提携は、AI活用を一般消費者にまで試験的に広めていく一手となりそうだ。
手を組んだパープレキシティは、オープンAIに在籍したアラビンド・スリニバスCEOらが2022年に創業した会社だ。アマゾンのジェフ・ベゾス氏をはじめとする投資家から1億6500万ドル(約260億円)の資金調達を果たしている。
検索エンジンをサブスクで提供するビジネスモデルで急成長し、月間の検索利用数は2億3000万。広告を収入源に開かれた検索エンジンを提供するグーグルに挑戦するサービスとして、注目されており、年内に広告も導入する計画が報じられている。
サービスは消費者の使いやすさに重点を置いており、利用者が聞きたいことに対し、インターネット上のさまざまな最新情報を基に、最適な内容を要約してシンプルに回答する「アンサーエンジン」の機能が特徴だ。
例えば旅行したい人が行き先・期間・予算などを入力すれば、それに応じた最適な旅行プランを提案してくれる、という具合だ。AIをめぐっては、誤った情報をもっともらしく回答する「ハルシネーション(幻覚)」の問題が指摘されるが、引用元を表示する仕組みも取り入れている。
月2950円のサービスを大盤振る舞い
今回の提携で注目すべきは、ソフトバンクが本業である携帯電話契約にひも付ける形でサービスの無料提供に踏み込み、AIに対する本気度を示した点にある。
通常、パープレキシティ・プロの利用料は月2950円(年2万9500円)から。これをソフトバンク、ワイモバイル、オンライン専用のラインモの契約者であれば、専用サイトから2
【2024年6月28日15時25分追記】無料期間に関する表記を一部修正いたします。
ラインモの最安値プランの基本料が月990円であることを踏まえると、消費者にとってはAIサービスを気軽に使えるチャンスともいえる。
両社にとって“採算度外視”にも映る思い切ったキャンペーンの裏には、どんな狙いがあるのか。ソフトバンクの寺尾氏は「回線や将来的なARPU(1ユーザー当たりの平均通信売上)に対する効果はある」としながらも、「いちばん大きいのは、AIって何だろう、AIのサービスはどう進めていくのがいいだろう、という先進事例になるんじゃないか。将来的には、スマホに関わらないデバイスでも学びがあると思っている」と期待する。
今回の提携は、あくまで既存のパープレキシティ・プロをソフトバンクのユーザーが無料で使えるようにするものだ。サービス自体に直接的な連携はないが、寺尾氏は「この先、われわれの中にその(パープレキシティの)サービスを取り込むことも考えている」と言及。自社が開発したLLMを、将来的にパープレキシティに組み込むことも想定していると明らかにした。
「(無料期間の)1年間で十分にこのサービスを経験していただきたい。まだまだ改善しないといけないところもあり、この1年でしっかり磨き込み、お客様がお金を払っていただくに足るサービスにしたい。1年経った段階で、お客様に契約を継続されるかどうかについてお伺いしようと考えている」(寺尾氏)
この1年は、事業化を見極める試験期間であるというわけだ。顧客にうまく浸透していけば、AI利用を組み込んだ携帯プランなどが登場する可能性もある。
ヤフーでも検索エンジンを展開するが…
ただ、LINEヤフーを傘下に持つソフトバンクでは、自社グループ内でヤフーの検索エンジンを展開している。パープレキシティ・プロのようなAIを組み込んだ検索サービスが将来的に普及すれば、ヤフーと競合する存在になりかねない。
寺尾氏は今後のヤフーの位置付けが経営課題になりうると認め、「技術は毎年進化していく。当然ヤフーもこの技術に刺激を受けて進化しないといけないし、進化すべきだ。今回は有料版なので直接的なコンペティター(競争相手)にならないが、AIを取り込んだ進化をやり続けることが重要だ」と強調した。
生成AIが普及すれば、従来のユーザーによる「検索」のあり方が一変すると指摘される。アメリカでは、検索エンジンを展開するグーグルがChatGPTの公開後、社内に向けて「コードレッド(非常事態)」を宣言し、LLM開発に奔走した逸話が知られている。
生成AIはグーグルやヤフーといった既存の無料検索エンジンが特徴とする、広告ビジネスモデルを脅かす可能性を持つ一方で、AIが今後の時代を変える力を持つ革新的技術である以上、その技術を取り入れた開発に踏み切らざるをえない実情があるといえる。ソフトバンクの戦略は、こうした過渡期の取り組みとしても理解できる。
国内でも、NECの「cotomi(コトミ)」、NTTの「tsuzumi(ツヅミ)」といった日本企業によるLLMの独自開発が相次ぐ。KDDIも4月、他社が開発したオープンモデルのLLMを日本向けにカスタマイズする新興企業、ELYZA(イライザ)と資本業務提携を結んだ。
もっとも、こうしたLLMがメインターゲットに据えているのはいずれも法人向けだ。医療機関や金融機関など、業種や業務を絞ったうえで、ユースケースに応じた最適なサービスを提供する「特化型モデル」を展開しながら、国内企業のニーズに手堅く応えていこうとする発想が主流といえる。
端末にAIを組み込む動きも加速
個人向けについては、アメリカのアップルが6月上旬、iPhoneへの生成AI搭載を発表したように、スマホ端末側にAIを組み込む動きも広がる。国内キャリアは端末の動向をにらみつつ、パープレキシティのような個人向けサービスのビジネスチャンスを見極める動きが進みそうだ。
NTTドコモの新社長に就いた前田義晃氏は6月18日の記者会見で、「グーグルピクセルやギャラクシーなど複数の機種で生成AIに対応し、画像編集や検索の機能を便利に利用いただいている」と語ったうえで、「さまざまなパートナーと提携し、お客様により便利にお使いいただけるサービスを検討したい」と述べた。
国内キャリアの中でも、先んじて個人向けの生成AIサービスに一歩踏み出したソフトバンク。思い切って投じた一石は、同社が目指す「AI革命」を引き起こすきっかけになるのか。1年かけて答えが明らかになりそうだ。
茶山 瞭:東洋経済 記者
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