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日銀は「円安」「国債の山」「次の緩和」をどうするか 物価の権威・渡辺努に小幡績が迫る【後編】

東洋経済オンライン / 2024年7月9日 9時0分

渡辺努・東京大学教授(左)に小幡績氏(右)がとことん聞いた(撮影:梅谷秀司)

物価が上がることがなぜ日本に必要なのか。どうして異次元緩和を10年続けても物価に効かなかったのか。

著書『物価とは何か』をはじめ、物価研究の権威である渡辺努・東京大学大学院経済学研究科教授。リレー連載「新競馬好きエコノミストの市場深読み劇場」が人気の小幡績・慶応義塾大学大学院教授。2人は東京大学経済学部でゼミの先輩・後輩にあたる旧知の仲だ。

小幡氏は自称「渡辺努ウォッチャー」。かねて物価をめぐる渡辺氏の発信を追ってきたという。「僕もまだ渡辺理論をわかっていないところがあるし、世間ではちゃんと理解されていないと思うので、とことん聞きたい」。

前編の「『物価が上がらなければいいのに』と嘆く人たちへ」に続いて、後編では金融政策の行く末から、次なるデフレ対策まで話が及んだ。

小幡 3月に日銀は異次元金融緩和の枠組みを終了しました。日銀はとにかく異次元緩和の異常な政策をやめたかった。だから、春闘の賃上げで言い訳が整ったからやめるけれど、普通の緩和は続ける。今後は普通の景気調節として利上げできるようになったら、利上げする、と宣言したのだと。

渡辺 異次元緩和は効かなかったから、やめても何も起こらないことには同意します。

小幡 これは私が渡辺さんに唯一勝った?(笑)ところです。10年前、私が「異次元緩和をやっても無駄で副作用だけがあるから、やめましょう」と言っていたのに、渡辺さんは「いや、挑戦してみる価値はあります」と言っていました。この10年で考えは変わりましたか。

国債は「要るモノ」か、「負の遺産」か

渡辺 事実として全然うまくいかなかったから、失敗したとは思います。2016年1月に導入したマイナス金利の評判が悪かった頃からそう思い始めました。効いてほしかったですが、結果的に効かなかったのだから、明らかに無用の長物です。

海外の人には、3月の日銀の決定は、要らないモノを捨てる「断捨離」なんだと説明しています。断捨離のポイントは、要るモノと要らないモノを区別することです。要るモノとして残したのが、バランスシートです。バランスシートが大きい状態はやっぱり望ましいんですよ。

小幡 そこは私はまったく反対で、植田総裁はバランスシートを「遺産」と言いましたが、それは「負の遺産」という意味だと思っています。

マーケットの人たちは、民間が国債を欲しがっているのだから、日銀が国債を独占しているのは民間にとって不利益だと言います。

渡辺 いま日銀が持っている500兆円のうち、200兆円を民間に渡すのがちょうどいいのなら、そこを目指すべきです。だけど残り300兆円は日銀が持つ。

異次元緩和の前は、日銀の当座預金残高は10兆円という規模でした。そこまで減らすのかどうかという話でしょう。

小幡 私はストック(国債残高)ではなくフロー(国債購入額)が焦点だと思っています。日銀が買わなくても、市場で妥当なプライスが成立して、政府が国債を発行できる状況になっていることが必要です。

民間が国債を買うのは、後で日銀が買い取るから、という、いわゆる「日銀トレード」でしか国債が発行できない状態になるのはまずいと思います。国債の引き受け手として日銀がいると、政府や政治家が甘えて「無駄づかいしても大丈夫」となってしまう。

渡辺 僕も今の財政規律の状態は問題だとは思うけれど、やっぱり政府や国会が対応するのが筋です。日銀からのルートで規律をもたせようとするのは邪道です。

金融市場と実体経済、歪みのコスト

小幡 異次元緩和は異常に大量の国債を購入して、異常な市場にしてしまったわけです。それに乗じた政治によって財政規律が壊れたのであれば、異常事態の原因を除去する責任は日銀にあると思います。やるべき緩和をして生じた副作用であれば、それは日銀以外のプレーヤーが是正すべきでしょうが。

為替も同じで、日銀に責任があります。

「価格を自由に動かす」という異次元緩和の目的自体はいいとしても、結果的にはマーケットの期待だけが動いて資産市場の歪みが大きくなった。為替は、日銀とアメリカ中央銀行の金融政策により、購買力平価から大きく乖離して円安が進んだ。

渡辺 僕は、価格が動かないことで実体経済が歪むコストが大きいから、金融市場では少々のことが起きても仕方がないと思っています。

日銀が保有する国債を異次元緩和前の水準まで減らす必要はなく、200兆、300兆円程度は残り続けるということでいいのではないかと思います。マーケットの人たちもそう予想しているのでは。そうすると金利が抑えられた状態が続くので、為替が円安になるのも当然なのでは。

小幡 為替はあきらめるしかないんですか。私は金融政策のターゲットは財市場の指標である物価より、金融市場の要の変数である為替にすべきだと思うほどです。日銀は金融に責任を持つべきだと。

小幡 もし今後、再び価格が動かない状況に陥ることがあったら、金融政策で変えられますか。

渡辺 それは仮想的な質問でもなんでもなくて、インフレ率が再びゼロやマイナスになる可能性はまだ残っていると思っています。その状況を壊すことは基本的には中央銀行の仕事だし、彼らに頑張ってもらうしかない。

日銀は異次元緩和の前まで、物価が上がらないことを当然とする雰囲気を放置してきました。「このままでいい」という気持ちをより強く抱かせてきた。早い時期に壊せば、苦労せず壊せたはずです。

小幡 何か緩和の方法を工夫すれば、効く可能性が増すんですか。

現金と銀行預金も含めた「本当のマイナス金利」

渡辺 僕はマイナス金利が王道だと思っています。日銀はおそらく繰り返すのは嫌だと思っているでしょうが、失敗をふまえて考えると、今回のマイナス金利は中途半端だったんです。

たとえば現金はマイナス金利ではなかった。銀行預金もマイナス金利にはならなかった。現金や銀行預金も含めて全部マイナスにしていくのが、本当のマイナス金利だと思うんですけれど、異次元緩和ではそこまではやれなかった。

小幡 金利がマイナスになることに人々が違和感を抱くのは、単なる経験則でしょうか。

渡辺 よく例に出すのは、1ドル360円の固定相場制の時代です。円とドルとの相対的地位が安定していたのが崩れると、大変なことになると議論されていました。実際、変動相場制になってみると、生きられない世界になったわけではないですよね。

マネーもまったく同じで、今日の1万円札と明日の1万円札が1対1で交換されているのが現状の仕組みです。それが本当のマイナス金利になったら、今日の1万円が明日は9500円になる、というように、交換比率が変わるだけの話です。

要は円同士の変動相場制で、慣れの問題だと思います。

小幡 マイナス金利というのはお金を借りると、貸したほうが金利を払うわけですから、何か違和感がある。

渡辺 でも、インフレ率を加味した実質金利で考えれば、マイナスになることはいくらでもありえて、過去にも起きています。インフレ率10%の世界では、名目金利が10%より低ければ、実質的にはマイナスです。名目金利がマイナスになってはいけない理由はどこにもないんじゃないかな。

渡辺 貨幣の金利をゼロより下げるコストが大きいから、インフレ率が下がっても金利をゼロより下げられず、10年以上にわたってデフレが続いたわけです。貨幣にも自由自在にマイナス金利をつけるように制度そのものを取り換えたほうがいいと僕は思う。

そのコストが高いとしても、デフレで価格が動かなくなって、中央銀行が10年間頑張っても全然コントロールできないことのコストのほうが大きいわけです。

小幡 価格が動かないことに対して、マクロの金融政策ではなく、ミクロの行動にアプローチすることはできないんですか。

「賃金は上がるもの」と考え方を変える手段

渡辺 実際に、政府は中小企業と大企業の取引構造に手を入れていますよね。中小企業の価格決定力が弱いので、交渉のテーブルに大企業が出てこないことを摘発したりして、価格メカニズムが個別の事情で歪んでいる部分を直そうとしているわけです。

僕が考えて実際に行われたのは、最低賃金です。将来にかけて引き上げていく道筋を示したほうがいいと経済財政諮問会議で提唱しました。昨年、全国平均で時給1000円台に乗りましたが、岸田首相は昨年8月、「10年間で1500円に持っていく」と表明しました。

小幡 それはどんな影響があるんですか。

渡辺 将来の賃金の期待値を上げるためです。

物価については日銀が、2%目標を標榜してくれている。どの程度、みんなが信用しているかは別にして。賃金のほうがむしろ変わらないという信念が強いので、「上がるもの」だと世の中の考え方を変えていかなければなりません。

最低賃金はよくも悪くも政府が介入できる。全般的に賃金がそのような道筋で上がっていくと人々が予想するようになると、個々の労使交渉にも影響してくるわけです。最低賃金をマクロの政策ツールとして使った例としてはアメリカのニューディールがあります。

小幡 渡辺さんを観察していると、いつも戦っていて、試行錯誤している。無理筋でもなんでも、いろいろなアイデアを提唱して、どんどん進化していますね。

(対談は2024年4月23日実施 構成:黒崎亜弓)

小幡 績:慶応義塾大学大学院教授

渡辺 努:東京大学大学院経済学研究科教授

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