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定職・家族なしで40代突入、感じた「生き方の限界」 中年になると「ダメ人間だから」が通用しない

東洋経済オンライン / 2024年7月19日 20時0分

40代半ばになって感じる心身の「衰退」とは(撮影:今井康一)

定職に就かず、家族を持たずフラフラすごし、ネットの仲間を集めてシェアハウスを作った20代と30代。「日本一有名なニート」とも呼ばれたphaさんが、40代半ばのいま感じるのは「すべての衰え」。

ずっと右上がりに楽しいことだけやって生きていけたらいいな、と思っていたのに、最近は本を読んでも音楽を聴いても旅行に行っても楽しくない。

そんな中年の日常を描いたエッセイ『パーティーが終わって、中年が始まる』から抜粋し、3回にわたってお届けします。

普通の中年になんかなりたくなかった

こないだ道を歩いていたら、そこは歩道と車道が分離されていないタイプの道だったんだけど、あまりスピードを落としていない車が、僕の後ろから、体スレスレのところを通り過ぎていこうとした。

その瞬間、近くを歩いていた20歳くらいの男の子がとっさに僕に向かって、
「あぶない、おじさん!」

と叫んでくれて、それを聞いた僕はあわてて車をよけた。

そのこと自体は何事もなく無事に済んでよかった。しかし、あの男の子は反射的に、純粋に善意で注意してくれたのだろうけど、「そうか、自分はもうおじさんと呼ばれてしまう年齢なんだな……」と思って、少し落ち込んでしまった。

ずっと、何も背負わない自由な状態でいたかった。

お金よりも家族よりも社会的評価よりも、とにかくひとりで気ままに毎日ふらふらしていることが、自分にとって大切だった。

だから定職にもつかず、家族も持たず、シェアハウスにインターネットで知り合った仲間を集めて、あまり働かずに毎日ゲームとかをして暮らしていた。世間からダメ人間と見られても、全く気にしていなかった。

いつまでこんな感じでやっていけるのだろう、ということは、あまり真剣に考えてはいなかった。わからないけど、まあなんとかなるんじゃないか、と思っていた。

ガワが老けると昔と同じように振る舞えない

40代半ばになった今、つかまってしまったな、という感覚がある。何に? 世間に、だろうか。それとも、老いに、だろうか。何をするにも少しずつ足取りが重くなっていて、昔のように自由に動けなくなってきているのを感じる。

特に組織とかに属しているわけじゃないし、他人の目や世間の圧力などをあまり気にしない性格だから、別に年をとってもそんなに変わらない生活を続けられるんじゃないか、と昔は思っていたけれど、そんなに上手くはいかなかったようだ。

年をとるとふらふらとした状態でいるのが難しくなってくる原因は、体力の衰えのせいももちろんあるけれど、年下の人間が世界に増えたということが一番大きい感じがする。

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