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自分の容姿に絶望した33歳彼女が覗く不思議な鏡 小説『コンプルックス』試し読み(1)

東洋経済オンライン / 2024年7月20日 17時0分

「良い質問をしますね。もう鏡の中の世界に行く気満々じゃないですか。それはその通りで鏡の中の世界では、自分がブサイクだった頃の記憶を覚えているのは中橋様だけになります。

もちろん鏡の中の世界では、美人だった過去が存在します。ただ、それは鏡の中の世界に入った中橋様にとっては持ち合わせていない記憶です。つまり、鏡の中の世界に入った中橋様は、一種の記憶障害のような状態を味わってしまうことになります」

「えぇ、やっぱりそうなんだ。じゃあ私の非モテだった学生時代や婚活に挫折した思い出は全部、全部、全部、私だけの思い出になるのね」

「はい。恐らく中橋様ご自身の価値観と想像力の中で、“もし自分が美人だったらあの時の体験はこうなっていたのにな”というタラレバの妄想の体験が、鏡の中の世界では過去の記憶そのものになるはずです」

「うわぁー! それ最高じゃない。じゃあ本当の意味でブスで悩んできた過去の自分と決別できるってことね。私、絶対に鏡の向こうに行ってみせるんだから。鏡にへばりついてでも絶対行ってやるんだから」

「いやいや物理的に頑張ってどうのこうのってものでもないので変に気合い入れるのはおすすめしません。でも覚悟はもう決まってるわけですね。じゃあ早速、鏡のカバー外しますよ。中橋様は目を瞑って下さい」

祐子は光太に言われるままに目を瞑った。

すると不思議と祐子の頭の中に先日別れることになった婚約者の友哉の顔が思い浮かんだ。

そして、“もしも自分が美人だったら”婚約者の友哉からのアプローチを受け入れていただろうか? と3年前のことを思い返していた。

しかし、思い返してすぐに祐子は、その前にアプローチされていないかも知れないと思った。

なぜなら、友哉は、“見た目より中身”という、祐子にとって吐き気がする綺麗事が好きな男である。そんな友哉が、美人になった祐子にアプローチするとは思えなかったからだ。

それに祐子は、「美人だったとしたら27歳で高望み婚活をしていたあの時期に、きっとみんなが羨ましがるようなハイスペ男子を捕まえることに成功していたに違いない」とも思った。

「鏡に映る自分をじっと見つめて」

そうやって“もしも自分が美人だったら……”と過去を遡り、その妄想がもうすぐ現実になるかもしれないことに興奮状態になった。

祐子が頭の中で何を妄想しているのか光太にはわからなかったが、これまでの言動と祐子の様子から直感的に魂が肉体を離れる準備を始めているように感じた。

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